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守り方



ほお、と珍しく暖かな息が邪見から漏れた。




今日もまた主においていかれた。
理由はひとつ。
この小娘がいるからである。

小唄を歌ったり花冠を作ったりと、忙しくどこかを動かしてばかりいる娘は、大人しく老僕と共に主の帰りを待ちわびていた。

いつもであれば、りんはすぐにちょろちょろと動き回り、邪見は季節を問わずいやな汗をかいて走り回らねばならない。

しかし今日のりんは格別静かで、故にこのような安堵の息が漏れたのである。






「邪見さま、ため息つくと幸せが逃げるんだよ」

「今のはため息ではないわ」

「でも今日も殺生丸さまにおいていかれちゃったね」

「うるさいっ!」

「ほら、邪見さまがため息つくから雲が出てきたよ」

「なんでもわしのせいにするでないっ。
・・・しかし一雨きそうじゃ。
どこか雨をしのげる場所を探さねば・・・」


邪見は小さな体を目いっぱい伸ばして辺りを見回した。


「りん、ちょっと見てくるからここにおれよ」

「はあい」


りんは再び手元の花を摘み始め、邪見はりんを雨に当たらせないためにも早く、と手ごろな洞窟を探しにその場を離れた。





自らに無言で課せられた仕事に文句を言う邪見は、とうにいなくなった。
主がこの人間を慈愛するのも、あたかも初めから決まっていたかのように受け入れている。

不思議なものだ、と我ながら思うが、案外自分も単純じゃった、と割り切ることにした。




少し丘を下った先に、ちょうどよさげな洞穴を見つけた。

雲はすでに空一面を覆い、昼前の空気を重くしている。


急がねば、と先ほどの花畑へ戻った。



「おおいりーん!向こうに・・・って、あれ?」


りんがいたはずの場所には、その影さえない。


「りん?りーん!」


邪見の声が曇天に吸い込まれていく。
嫌な予感がした。



「りん!?返事をせんかっ!りーん!!」


冷や汗をたらし丘中を駆け回りりんを探すが、その姿はどこにもない。


りんが座っていた傍らに、作りかけの花冠が静かに落ちている。




ぽつり、と水滴が邪見の額をぬらすと、たちまち大粒の雨が落ちてきた。


邪見は雨音よりも大きく、己の血の気が引く音を聞いた。





まままままずいっ・・・!!
りんが一人でどこかへ行くはずもない。
むしろ行く当てもない。
攫われたにきまっとる・・・!

あぁ、じゃからあの娘はどこか抜けておると前々から言っておったんじゃ・・・!

どうせ一人でぽーっとしていて攫われたに違いない。

お前は大妖怪殺生丸さまの妖気と匂いがついておるから気を張っておれ、とあれほど言っておいたのに・・・!

能天気な顔をしおって・・・!!






りんを一人残した自分のことを棚に上げて、邪見は悪態をついた。






今は阿吽もいない。
りんを探しに行くことも、逃げることさえできない。
邪見は自分の不運を呪い、己の最期を感じた。



・・・わしの命、ここまでか・・・




ぐじゅぐじゅと涙と雨が入り混じり、音を立てた。

そのときふっと、暗い周りがさらに暗い影を落とした。
それに気がつく暇もなく、邪見はどっしりと降り立った阿吽の太い足の下敷きになっていた。


「ぐっ・・・!ぐぇっ・・・!せ、せっしょ・・・」


すでに現状をあらかた把握したらしい主は、下で呻く邪見を気にもかけず、阿吽からそのまま飛び立った。
















初めてのことではない。
おおかた、大妖の妖気に惹かれた下賤な妖怪がりんを餌にこの殺生丸を釣ろうというのだろう。

わざとらしく残されたりんの匂いを辿りながら、そうと分かっていながらも罠にかかる己を笑った。



・・・だがなぜ。
りんの匂いはあっても、仕掛けた妖怪の匂いがない。

それをいぶかしく思いつつも、行ってしまえばよいこと、と先を急いだ。




てんてんと残されたりんの匂いを拾いながら深く森を抜けていくとき、ある匂いが痛むように殺生丸の鼻を刺激した。

否応なく殺生丸のしなやかな眉は上がる。



・・・りんの血・・・


殺生丸はさらに速く風を切って飛んだ。



陰鬱とした空気が重くのしかかり、濃い霧がたなびく銀糸を湿らした。

りんが攫われたことは、多々ある。
監督不行き届きだと、犬夜叉の連れにあつかましくもたしなめられたことさえある。

この殺生丸が目的ならば、その以前にりんを傷つける意味はない。
あるとしたら、殺生丸の焦りを誘うこと、だろう。

りんを攫った何者かの頭の弱さを失笑した。

 

突如、ぽっかりと空間に殺生丸を誘う歪みが生じた。
迷う理由もない。
殺生丸は進んだ。


青と黒が混沌としたような視界が広がっている。


りんの匂いが強くなった。


低く地を揺するような笑いが響いた。

「・・・来たか、殺生丸・・・娘を取り返しに・・・」


いかにも、といったふうな低い声が馬鹿らしく思えた。

 


「さしずめこの殺生丸を取り込もうと言うのだろう。できるならば好きにすればよい」


挑発するような妖の声に、さらにそれを嘲笑するかのような声が広がった。


「ふん・・・きさまなんぞに興味はない・・・
わしは・・・その刀・・・天生牙が欲しい・・・」

 

姿は見えないのに、腰の天生牙を舐めるように見つめる視線を感じた。


「きさまに扱えるような代物ではあるまい」


「それはわしが決めることだ・・・さぁ、それをよこせ・・・」

 


素直に渡すはずなどない。
それを分かっているのだろう、混沌とした世界の向こうに、小さな光が見えた。


「・・・見えるか、殺生丸・・・お前が連れ戻しに来た、人間の小娘だ・・・」


宙に横たわるりんのかたわらに、幾度も目にした子鬼がむらがっていた。


思わず目を見張る。


息を細かく吸うような笑い声が響いた。


「そうだ・・・あれはあの世の使いだ・・・ここはあの世とこの世の境界・・・
人間である小娘は死んだも同然となる・・・
・・・意味が、わかるか・・・」

「・・・天生牙と引き換えに、りんを、と言うのか」


笑い声と共に、地も揺れるようだった。

「・・・そうだ・・・物分りがよいな・・・
きさまにこの娘を生き返らせることはできまい・・・
だがわしならできる・・・
さぁ、どうする。
大事な刀か、人間の小娘か・・・」

 

再びりんに目をやった。
りんに向けて天生牙を抜いたあの時が波のように迫ってきた。

殺生丸は刀を抜いた。


「・・・よろしい・・・刀を捨てろ・・・」

 

 

これほどまで言いなりで、見知らぬものに屈するなど。

権威も、誇りも、滑り落ちた天生牙とともに地へと投げ出された。


乾いた音が響いた。

 

 

「欲しければくれてやる」


一瞬の静謐が広がり、先ほどとはうって変わった高い、それも見知った声が鳴った。

 

 

「殺生丸、ずいぶんと優しくなったものだな」

 

暗い世界が一転した。
気付けばそこはいつかの城。
母の城だった。

 

 

すべてに気付くと共に、怒りよりも深いため息がこぼれた。


「・・・なんのつもりだ」


りんはというと、見慣れた赤の台座に寝そべっている。
ゆっくりと上下する胸は、りんが生きている証。

 

「余興だ」


端麗な顔は一寸たりとも表情を崩さず言い放った。



反して殺生丸の顔は一気に嫌悪を露にした。




「いや、はじめはただそなたらの様子を見に暇つぶしに来たのだがな。
おそらくこの娘の教育でもしているのだろうと思ってきてみれば、娘はひとりではないか。
そなたも、緑の小妖怪さえいない。
ゆえに、攫ってみた」



淡々と述べられる真実に呆然とする。


――私はこれの遊びに振り回されていただけだというのか



「・・・ふざけたことを」


「・・・殺生丸、そなた、この娘を守るのではなかったのか?
ひとりにして、どこぞの妖怪に食われてしまってもよいような存在であったのか?」


「・・・」


「そなたは己を買いかぶりすぎている。
人の弱さを知っているようで、何も知らない。
・・・娘は攫ったのが私だと知っても、お前を疑わなかった。
必ず来ると待っていた」




りんがそう言う姿は目に浮かぶようだと思った。




妖の母が不安ではないのかと尋ねても、元気にうなずくばかり。


「だって殺生丸さまは来てくれるもん」













「この娘に、お前以上はいない。
・・・ぞんざいにするでない」






地に落ちた刀を腰に収めた。



「わかっている」


眠るりんを抱き上げ、担ぐようにして城を発った。






しばらく飛んでもいまだ眠っているりんの白い首筋が目に入った。
赤い傷が入っている。
ふさがってはいるが、かすかな血の匂いがした。
母がしたのだろう。

そのまま首を傾けて、傷口に舌をあてがった。

濡れた首筋は光り、その細さを強調した。







守るとは何なのか。

信じるとは何なのか。

微かな花の香がするこの幼子が、教えてくれる気がした。


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今の君を知りたいバトン


相互リンクをさせていただいている遥双葉さまから
バトンを受け取りました~;
精一杯つとめます←



今の君を知りたいバトン

ルール:アンカー禁止・素直に答える


名前:かの

髪型:胸くらいまでの長さ 扱いにくいので放置←

好きな食べ物:やわらかい米

嫌いな食べ物:特にないですね^^ 健康第一

今何時:17:45

ピアスは何個:親に貰った体に穴なんて・・・!え

明日の予定:起きてから決めます!おい

今日なにしてた?:ブログの更新、食育←?

家族:両親そろって暮らしてます

今欲しいもの:時間 たいむいずまねー!

今のBGM:質の悪いパソコンの機械音

利き手:右

友達によく言われる事:「ふふ」←しゃべっても笑ってすまされる

机の上:パソコン、筆記用具、リモコン、本、説明書・・・etc

これなら逆手で出来る:握手

通学・通勤ルート:徒歩と電車

今部屋で一番多いもの:筆記用具

部屋の見取り図 : 平均的なので省略。おい

似顔絵 : 想像に任せます

鞄の中身:財布、本、ポーチ

好きな人:静かな賢い人がいいです

ぶっちゃけ誰?:でででででででんっ!←?

告白:いーつのーことーだかー、おもいだしてごーらん~

付き合ってる?:むふふふふふふふふふふ(・ω・)

回す人5人:ぬーん・・・誰か5人募集中!




適当すぎますね・・・
遥双葉さんからせっかくいただいたのにごめんなさい・・・←

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黄昏時の人

※遥双葉様への捧げ物です。
遥双葉様のみ持ち帰り可でございます。

 

重すぎて落ちてくるのではないかと杞憂するほどの大きな天道が、辺りを赤く染めていた。


ここにいろと言われて、どれくらい経ただろう。
まだ幾日もしていない。
しかし近頃にないほどの遅帰りだった。


阿吽が親しげに頭を摺り寄せてくる。
硬い鱗に手のひらを滑らすと、満足げに妖獣は目を細めた。

邪見が置いていった厚手の衣を肩に掛け、はあと息を吐いた。
濃く白い靄が現れて、薄く伸びて消えてゆく。

 

寂しくない、と言えば嘘になる。
不安か、と聞かれたら自信を持って首を横に振る。
帰りを待つことなど、苦でもなんでもない。
日が経つにつれて積もりゆく寂しさも、いつかいつかと帰ってくる愛しき姿を思い浮かべれば、憂いものではなかった。

 


地に円をいくつも描いた。

「これが、阿吽ね。首がふたつあるでしょ。
これが、邪見さま。一番小さいの。
それから、これがりん。
その隣が、殺生丸さま」

あどけない指先でなぞったそれは、いびつな曲線を描いていたが、なんとなく上手なのではないかという気がしていた。

「殺生丸さまのおでこには、細いお月様が一つ」


描かれたものの上に、ぽつりと小さな丸が新たに現れた。
それはじんわりと地面に溶け込んだ。
かと思うと再びそれは上から落ちてくる。
ぽつりぽつりと数が増えては消え、やがてりんが描いたものは無数の水滴によって姿を消してしまった。


積もり積もった寂しさが溢れると涙になるのだと、初めて知った。


さくり、と軽い音がする。

また一滴ぽつり、と涙が落ちた。

再びさくり、と聞こえる。

小さく鼻をすすって、顔を上げた。


細長い影が見える。

さくり

地を踏みしめる柔らかな音がやけに大きく聞こえた。

 

影の背後にある光が大きすぎて、よく見えない。


――誰そ彼と問いしわが身を思いしや
赤き陽に照る君待つ我を――


いつぞやに聞いた歌が頭を巡った。

 

ゆっくりと大きくなる影はやがて人型をなし、穏やかな風にその髪を運ばせていた。

 

「りん」

響く声がじんじんと熱くなって身体に広がる。

知らぬ間に足は駆け出す。

 

精一杯伸ばした腕を回したその身体は、黄昏の太陽に照らされて、緋色に輝いていた。

 

 


※遥双葉様に捧げます。
雪白草二周年おめでとうございます!

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神か 妖か



「何のつもりだ」


角ばった指が弾けるようにに音を立てた。

鋭い爪が薄暗い曇天の中白く光っている。

 


「何ということはありませぬ。この娘を頂戴しに来たまで。穏便に済ませましょうぞ」

 

りんを片腕に抱きあげたその男は雅な笑みを見せた。

細身な身体に純白の袴をまとい、紅を引いた様に唇は赤い。

 

 


「…きっ…きさまっ、りんをどうするつもりじゃっ!」


「ですからどうするつもりもありませぬ…ただ傍に置くのみ」

 


男は愛しむようにりんの髪を梳いた。

力が入らないのか、垂れた腕は男を拒むことはない。
ただ黒い瞳だけが不安げにきょろきょろと動いた。

 

男が触れた部分からりんに汚れが侵食する気がして、殺生丸は地を蹴り男に爪をふるった。

 

「…勝手なことを」

 

しかしその爪は空を切った。
殺生丸の眉間に縦皺が走る。





先程男が突如現れ、りんを攫った際、殺生丸が問答無用にはなった技もまた、男を傷つけることはなかった。


故に、男の背後にある岩ばかりが崩れてゆく。

 

(…何故触れられぬ)

 

 


「物分かりが悪うござますね。妖ゆえの愚かさでしょうか。
…しかしこれ以上、神を冒涜することは許せませぬ」


男は静かに手のひらをかざした。


途端に殺生丸の体は青い炎に包まれる。

炎は生き物のようにうねり、青く爆ぜた。

 

(―――こざかしい真似を)


殺生丸の妖力が炎を飲み込み、うごめくそれを消し去った時にはすでに男の姿はなかった。
それも、りんをつれて。

 

 

「…せっ…殺生丸さまっ!りんがおりませぬ!」

「見ればわかる」


突然静寂を取り戻した荒野は、ますます殺生丸の癇に障った。

 

「…殺生丸さま、その…りんをお助けには…って、お待ちくだされー!!」


淀んだ空を見据えて宙へと飛び立った主の毛皮に、邪見は必死に飛びついた。


――匂いは、ある。だが何故――

空に散った男の忌まわしい匂いと、かすかなりんの匂いを探った。

 

「・・・殺生丸さま、あやつ『神』がどうとか申しておりましたが・・・何者でありましょうか・・・」


ちらりと上目遣い気味に主を除き見たが、その顔は深い剣呑を含んでいて、下僕の言葉など耳に届いていないようである。


しかし殺生丸も、脳内には先ほどの男の妙な言葉が響いていた。

 

 

(神、だと。・・・そのようなもの、ひ弱な人間が生きる縁(よすが)として作ったただの偶像に過ぎぬ。
何であれ、この殺生丸を愚弄した礼、返してくれる)

 


己に言い聞かせるように繰り返した。

 

 

 

 

 

 

 

 


突風が体を纏い、男がすごい速さで移動しているのがわかった。

鋭い風に当てられ、ほうけた頭がすこしすっきりした。

体に力をこめると、男は腕の中のりんを見下ろした。
今まで幾度もさらわれたが、こんな温かな目で見つめられたのは初めてで、正直戸惑った。

 


「・・・あ、あの・・・っ殺生丸さまのところに返して!」


男は悲しげに眉を寄せた。

 

「それはなりませぬ。これはあなた様の幸のためでもあるのです」

 

――何を言うのだろう、この人は。
りんの幸せなんて、ひとつしかない。


「・・・っ返してっ!殺生丸さまのところに返してーーっ!!」


男はりんの額につと指を当てると、りんの動きがぴたりと封じられた。

 

「・・・手荒な真似はしたくありませぬ。
大人しくしていてくだされ。
・・・・・・伊弉冉(いざなみ)様・・・」


(・・・伊弉冉・・・?)
 

匂いをたどり、行き着いたのはこじんまりとした古城だった。


(ふん、おおかた結界でも張ってあるのだろう)


つと指を伸ばして、こちら側と古城の境となるべきところに触れた。


しかしそれは殺生丸を拒むことはなく、なめらかに受け入れた。

 


(・・・なんじゃ、結界もはっておらんのか。
拍子抜けじゃわい)

 

飄々とする邪見に対し、殺生丸の眉間はさらに中央に皺を作った。

 

 

中からは忌まわしき香りと、香のような匂い、そしてりんの匂いが入り混じって空中を泳いでいた。


迷うことなく足を踏み入れた。

 

 


(・・・静かだ。あまりに・・・)

 

 

 

音もなく眼前の屋敷の障子が開いた。

 

「来てしまわれたのですか、妖。
何度来られても、伊弉冉様をお返しすることはできませぬ」

 

「はっ!?いざ・・・?
貴様、何を抜かしておる!!
殺生丸さまは貴様のような雑魚のせいでりんを・・・ぶぎゃっ」


殺生丸の足の下敷きになって、言葉は続かなかった。

 

「この殺生丸を愚弄した返礼に来た」

ぱきりと爪を鳴らすが、男は動じない。

「・・・ここは聖域。殺生はいけませぬ。
・・・妖よ、本当はここにいることすら辛いのではありませんか?」


「・・・莫迦な」

 


そういえば、と邪見も辺りを見回した。
体を動かすたびに、かすかな抵抗のようなものを感じる。
それは白霊山の聖気に比べればあまりに微弱であるが。


「このようなちぃ~っぽけな力に、殺生丸が屈するわけあるかっ!馬鹿者め!」


男は邪見のほうを見向きもしない。

 

「あのお方は、愛しき伊弉冉様の魂を継いでおられる。
故にあなたのような妖怪と共にあるべきではありませぬ」


「・・・何を」


男は淡々と述べた。

「我が血族はこの大和の国の創造神、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)を祖とする家系。
数年前、伊弉諾様の配偶となる伊弉冉様が生まれ変わったと告げられた。
それを感じられたのか、伊弉諾様の魂は、なんとこの私とひとつになった。
故に、私は太古の神、伊弉諾尊そのもの――
妻である伊弉冉様と共にあるのは至極当然のことでしょう。」


「・・・それがりん、だと」

「いかにも」


男は満足げに目を細めた。


無駄に冷えた空気が辺りの閑静さを物語っていた。
それがますます殺生丸を苛立たせる。
りんの姿が見当たらないことも気にかかった。

 

「・・・人間如きの御託はどうでもよい・・・死ね」

 

大妖の足元は一瞬で砂を巻き上げ、瞬きよりも早く殺生丸の体は男のすぐそこまで迫っていた。

標的めがけて、腕が振り上げられた。

男の目が一瞬だけ、かっと見開く。

――そこで、殺生丸の動きが止まった。

 

「殺生は好みませぬというておるのに。
分からないお方です」

困った、というように闘志むき出しの敵を目の前にして、男は慌てるそぶりさえ見せない。


振り下ろされることのなかった腕に力をこめるが、それは頑として動かない。

 

「聖域内では妖の力を使うことはできませぬ。
これもイザナギノミコト――神の御力。
りんと言う少女はお諦めください。
まもなく、儀式は完了する・・・
そうすれば伊弉冉様が完全に召喚され、りんという少女の存在は消え、神の復活が宣告される・・・」

 

恍惚とした顔で、男は目を閉じた。


「あぁ、そうすれば私も伊弉諾尊(いざなぎのみこと)としてこの地に蘇る・・・」


ゆるゆると男の口角は上がった。
赤すぎる唇が狂った月の様だった。


「そのときは・・・あなた方妖怪に居場所は作りませぬ」

 

 

 

 

 

 

 


あれからどれほどここにいるんだろう。
殺生丸さま
殺生丸さま
殺生丸さま・・・

銀の姿が脳裏に浮かぶたびに、それをかき消すかのように白い靄がりんの頭を覆った。

頭が・・・重い。
りんがこれ以上余計なことを思考するのを妨げるべく、不気味な何かが脳内に溶け込んでくるかのようだった。


体は押さえつけられたいるわけでも、縛られているわけでもない。
ただ白い台の上に寝かされているだけ。
先ほど巫女のような人が来て、りんの着物を白い装束に着替えさせた。

・・・能面のような、表情のない顔。

恐ろしい鬼の顔より怖かった。

 

どんどんどんどん体の重みは増す。
抵抗しているつもりはないのに、体の奥が侵入してくる何かに抗っているのかのようだった。

・・・負けてしまえばどうなるんだろう。

しかしりんにどうすることもできず、ただ寝そべることしかできなかった。







どどどどどどどどうすればいいんじゃ・・・!

せ、殺生丸さまの力が抑えられておる・・・!!

な、何故わしは動けるんじゃ・・・?

御母堂様の言う、『小妖怪』じゃからか・・・?

しかしだからといって・・・ってそんな場合じゃないわっ

 

り、りんはあの屋敷の中におるんじゃろう・・・

ここはわしが突撃してりんを奪還・・・

いやいや男が屋敷の前にいるのに入ることなど叶わぬ・・・

そ、それならばこの人頭杖であの男をメッタ焼きに・・・!

いや、男と数寸しか離れぬところに殺生丸さまがおられる・・・

男だけを燃やし尽くすなどという技量のあること、わしにはできんっ・・・!

もし殺生丸さまの銀の髪を燃やしてちりちりにしてしもうたら、それこそわしの命の果てるときじゃ・・・!

いや、しかしここでりんを失くしてしもうたら、結局はわしも殺されるかもしれん・・・

あぁ、どうすればいいんじゃぁぁぁ!!

 

 

邪見は動きを封じられた主の背後で、懊悩として悶絶していた。


そのとき、ふらりと屋敷の奥を白い影が掠めた。

殺生丸の眼孔が開く。


「おや、終わりましたか」

現れたのは表情のない白い顔に、白い着物を纏ったりんだった。

ふいに殺生丸の体が動くようになった。
封じられた力が消えたらしい。

男は殺生丸の存在を無視するかのように、りんの元へ歩み寄った。


「・・・伊弉冉・・・愛しき妻・・・二度と黄泉へは行かせぬ・・・」

男は殺生丸の存在を無視するようにりんの頬を滑り撫でた。

 

「・・・きっ・・・貴様っ・・・りんに何を・・・」

威嚇するように、邪見は人頭杖を振り回した。


「これで伊弉冉は我妻として再び光臨した・・・
表情のないところを見ると、まだ完全ではないらしい・・・
しかしそれも時機のこと・・・
すぐこれまでの記憶もなくなる・・・」

 

 

――記憶もなくなる、だと・・・?
愚かな。
りんはりんのままだ。

 

「戯言に付き合うのは終わりだ」

殺生丸はりんを避けるように、男に爪を振るった。

今度は男を透けることはなかった。
男が紙のようにひらりとよけたからである。

(こやつ・・・!殺生丸さまの技をよけおった・・・!)

 

男は片腕でりんを抱きすくめた。

「考えてみてくだされ。
たとえ記憶はなくなっても、この少女は永久に我と共にある。
何の危険もない、未来永劫の幸を手に入れる。
少女の溢れ出る記憶が目に見えるようだ。
幾度も危機に瀕したとみえる。
そのような目に合わせておきながら、それでも傍に置くつもりですか?
それこそ妖怪の利己心の塊ではないでしょうか」

 

――言い返す言葉こそない。
もっともだ、だが。

 


表情のない少女の頬を、液体が一筋流れた。

 

 

 

 


「・・・りんの幸だと?笑わせてくれる。
利己で結構なものだ。
りんの居場所など・・・私の傍かあの世しかない!!」

 


大妖の周りの風は、音を立てて巻き上がった。

「・・・ここでの攻撃は無駄だと」


白い体は男をすり抜け、屋敷の奥、この一帯に充満する香の元へと走った。


「っ、まさか香壺を・・・!!」


濃い匂いを醸す拳ほどの大きさの壺を、殺生丸の爪は的確に斬りつけた。

砕けた破片が辺りに飛び散ったと同時に、屋敷に満ちていた忌む香りが消し飛んだ。

 


すっとりんが息を呑む音が聞こえた。

「・・・っ・・・!離して!
殺生丸さま!!」

自由になった体は白い着物を引きずりながらも屋敷の中の殺生丸へと腕を伸ばした。

迷うことなくその勢いのままりんを肩まで抱き上げた。


「・・・よくもっ・・・!
蘇った伊弉冉の魂が・・・っうあっ!!」

りんを抱え、殺生丸が男を通り抜けると同時に男の体は崩れ落ちた。
ぼたりと重い血の塊が殺生丸の爪から滴る。

 


もう用はない。


殺生丸は地を蹴った。


「・・・待って!!邪見さまが・・・」

「いる」

え、と足元を見ると、ふわふわと揺れる白毛に邪見は必死の形相でしがみついていた。

(忘れられるかと思った・・・)

 

 


冷たい風が頬を切る。
誰も口を開こうとはしなかった。
生臭い赤が手を滑る感触と、りんの温もりしか感じなかった。

 

 

「可哀想な人だったね」

つとりんが口をついた。

「・・・」

「いざ・・・とかいう神様と、もう一度会いたかったんだね」

「・・・くだらん」

「りん本当に生まれ変わりなのかなあ」

「・・・」

「・・・りんはりんなのになあ・・・」


りんに似つかない深い嘆息を、殺生丸は深く吸い込んだ。

りんはりんだ。
永久の命など必要ない。
ただいつか来るべき別れは、どちらかが死ぬとき以外は許さぬ――


改めてPさま、キリ番リクエストありがとうございます!
書き始めも完成も少し遅くなってしまい、大変申し訳ありません;
りんちゃんが攫われて、感情を激した丸さま
ということで、お気に召していただけたでしょうか;

 


実は、このお話は私がとてもとても感銘を受けた作品を
お借りして書き上げさせていただいたものです。
正確には、終盤を書き上げた際、・・・ん?これってあのサイト様の作品になんだか・・・
てな感じで気付いたのですが←
その作品とは、七緒さまが管理される
【You will see fire but you're cool as ice】さまの『奪還』という作品です。
殺りんファンの皆様ならご存知かと思われますが;
急遽私は図々しくも七緒さまにご連絡し、この旨を伝え、小説公開のお許しを懇願したところ・・・
なんと了解していただけたのです!!
まさしく殺りん小説を書いていてよかったと思えた瞬間でした。
さらに七緒さまから励ましのお言葉まで頂き、感謝で言葉もありません;;

 

七緒さまの作品を想像して・・・といっても、本当の『奪還』という作品は
この小説の欠片にも満たない素晴らしいものです。

殺生丸の美しくなびく髪
少し剣呑を含んだ眉
細く白い手から流れる赤い血
着物に染み込んだ血痕
そんな殺生丸の着物を握り締めるりんちゃんの愛らしい手!!

あぁ・・・言い尽くせません・・・

ずばり皆様も【You will see fire but you're cool as ice】さまに
お邪魔してご覧になってください!
お許しを得て、この場で紹介させていただきました。

本来ならば、Pさまへの御礼小説としてひとつ
『奪還』への感銘のあまり溢れてしまったものがひとつ
という形で公開すべきところですが、
Pさまへの御礼を書き上げ中に突然湧いてしまったものですので、
こういう形となってしまったことをお詫びいたします。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

管理人:かの
 

拍手[19回]

悪戯

いつくらい昔のことであったろうか。

あのころわしは生涯このお方についていこうと心に決め、長い旅路をこの主と共にしてきた。

どれほど無碍(むげ)にされようと、いくら虐げられようと、わしが殺生丸さまにいただいた御恩は雲よりも高く、この命、殺生丸さまに捧げたも同然じゃとさえ思っている。

強くて、お美しく、気高く、そして冷たい殺生丸さま。

だからこそ、そのようなお方が、人間を、しかも手のかかる小娘を連れ歩くようになられたのには、心底度肝を抜かれた。

殺生丸さまは老体のわしにりんの世話をさせ、わしはいつの間にか殺生丸さまの従者と言うよりりんの子守となっていた。

 

しかしまぁそこまではよい。

はじめはうるさくて小ざかしい奴じゃったが、いつしかわしも素直で愛らしいりんを、孫がいたらこんな風なのじゃろうかなどと思うようになっていた。

 

・・・じゃが、まさか殺生丸さまが・・・殺生丸さまがりんを連れて国に落ち着きなさり、し、しかもりんを正妻としてしまうとは!


・・・あぁ、今思い起こしてもくらくらするわい。

・・・いや、事が起こる前から殺生丸さまがりんに特別な気を懸けていることは、いくらわしでもわかっておった。

りんのほうが殺生丸さまに恋慕の思いを抱いておることも。

 


・・・じゃが、いくらなんでも種族が違いすぎる。

これにはさすがの殺生丸さまも頭を悩ませたに違いない。

 

 

しかし、本当はあのお方は何にもお悩みになられてなどいなかったのかもしれない。

まるでそれが必然であるかのように、殺生丸さまは手を回し、りんを揺るがぬ位置につけた。

・・・もしかすると、ご母堂様のご支援があったのかも知れぬ。

まさかこの目で殺生丸さまの御祝言を見ることが叶うとは・・・
りんも田舎娘とは思えぬほど美しい容で・・・

って泣いていても仕方ない。


とにかく、お二人は夫婦となったわけじゃ。


りんは中宮であるにもかかわらず、せわしく動き回り、また、しっかり妻としての役目も果たしているようじゃった。

殺生丸さまのほうも、政務を淡々とこなし、相変わらずわしは足蹴にされておるが、殺生丸さまのその仕事ぶりに、かつてりんとの祝い事に口うるさくしていた一族の古い輩も閉口するしかなかったようじゃ。


そして、二人が夫婦となって一年が過ぎようとしていた。

 

 

 

 

 

―――何層にも重なった足音がせわしく耳に立つ。

刀を握るためだったはずの手のひらが、今はいやな汗を握っていた。

隣で縮こまっている邪見が、時たまのどを引きつらせたような音を出す。
鬱陶しかったが、それを気にかける心の余裕さえなかった。
ぴんと張り詰めた空気が痛いくらいだ。


―――そのとき、向かいの東屋から新しい命の匂いが届いた―――

 

 

 

 

 

 


まったく、あのときの殺生丸さまといったら。

お子は、推古が取り上げたらしい。
りんはお産で息も絶え絶えになったようで、安静を要するといわれ、りんのもとへ我先にと行こうとしていた殺生丸さまでさえ、助産師たちに制されていた。

殺生丸さまはりんのことを気にかけすぎていて、ややさまのことを忘れていたらしい。

推古が産湯から出たばかりのお子を殺生丸さまに手渡した。

殺生丸さまは腕の中のお子をいつものような感情のないお顔で眺めていらっしゃった。

このようなときくらい、泣いて喜べばいいものを・・・!

・・・いやいや。


殺生丸さまはお立ちになったままお子をご覧になっておるので、わしからはややさまのお顔どころか指さえ見えん。

拝見を請うわしの声はもちろん届いておらんかった。

 

するとややさまは小さく赤い手を伸ばし、殺生丸さまの美しい髪を握り締められた。

そのとき、わしは殺生丸さまがりん以外のものにあのようなお顔をされるのを初めて見たのじゃった。



わしが始めてややさまを拝見したときは、目を疑った。

むしろ泣いて喜んだものじゃった。


薄く御頭に映えた黒い髪と、すこしつってはおるが愛らしく丸い瞳。

お子はりんに瓜二つじゃった。

 


これにはさすがの殺生丸さまもさぞお喜びになるだろうと思っておったが、存外あのお方は淡白であった。

 


りんは徐々にではあるが体力を取り戻し、子をあやしては母の顔をする。

殺生丸さまはそんなりんを見ては、微かであるが喜んだお顔をなさった・・・様な気がせんでもない。

 


・・・あぁ、これで屋敷は花が咲いたようになるじゃろう・・・


すっかり安泰気分のわしは思い込んでおったのじゃ。

お子は当然、顔だけでなくすべてがりんそっくりであろうと。

・・・しかし・・・

 

 

 

 

 

――――
「なぬっ!?また結緋(ゆうひ)さまがいない!?」

邪見は下から困り顔の従者を怒鳴りつけた。


「はぁ・・・すこし目を離したすきに・・・」

「はよ探さんかっ!」


まだ六つといえど、半分はこの国の首である大妖の血が流れている。
そのような者が安易にふらついていてはたまったものではない。

邪見はなぜいつもという思いを抱きつつも、額に汗して屋敷を探し回った。


「あら邪見、楽しそうね」


ふと気付けば、探していた姫は屋敷の梁の上に器用に座っている。
手には大輪の秋桜が数輪。


「ゆ、結緋さまっ!またそんな危ないところに・・・!」

邪見の言葉をあしらうかのように、少女は空気のように軽く地へと飛び降りた。

一瞬宙に浮いたかのように見えるが、そんなはずはない。
この少女は飛ぶことはできないのだから。


結緋は肩まで伸びた黒髪を靡かせて、自慢げに腕の中の花束を見せた。


「秋桜」

「・・・は、はぁ・・・お綺麗ですが・・・」

少女の意図することがわからずに、邪見はまた種類の違う汗を流した。

「持って」

腕に預けられた秋桜は邪見には多すぎて、足元がふらつく。
結緋は構わず邪見に押し付けた。

少女のすこし尖った耳が小さく動いた。


少女は背中の障子が開くと同時に振り返った。

「母上!邪見が秋桜を摘んじゃったの!」

邪見は状況を呑み込めず、ふらふらしながら花々を支えている。

 


上からやわらかく、しかし厳しい声が降ってきた。


「あぁ!邪見さま、秋桜は寒いところに咲くんだから屋敷の中じゃ可哀想よ!
せっかく私が日のあたる涼しいところに移し変えたのに・・・」


「え・・・?い、いや、これはわしじゃなくて・・・」

冷たい汗が背筋を伝うのを感じながら、邪見は黄色い目を母の足に纏う少女へと向けた。

整った顔は無情にも邪見と目を合わそうとはせず、小さく舌を出した。

 

「あぁ~!根元からじゃなくて途中から折っちゃったの?
これじゃぁ植え直しもできないじゃない・・・」

 

りんの失望した顔に、邪見は己の危機を感じた。

 

・・・まずい


そう思うよりも早く、邪見の危機の根源はすでに来ていた。

 

 

「せっ・・・殺生丸さまっ・・・」

 

 

 

りんがしょぼくれている。
視線は秋桜。
それを持つ邪見。

殺生丸が邪見を張り倒す理由は充分なほどそろっていた。

 

しかし殺生丸の視線は邪見ではなく、小さな少女へと向けられていた。

 


「結緋」

少女は母の着物のすそへと身を隠した。

「殺生丸さま?」

りんの問いを聞き流し、殺生丸は己の子の後襟をつかみ引き上げた。

「ちょっ・・・殺生丸さま!?」

 

離してとわめく少女を宙ぶらりんにして、殺生丸は顔色一つ変えぬまま問い詰めた。


「庭を直せ」


少女の細い眉は一気に皺を集める。


「どうして結緋がそんなことしなきゃいけないの?
悪いのは邪見でしょ!?」


「・・・お前の匂いが庭に残っている」

 

 


形勢逆転。

邪見は殺生丸の着物の裾に隠れ、愛らしくも悪き少女をのぞき見た。

 

 

妻の花を汚す者は我が子であろうと許さない。

殺生丸の瞳は結緋から非難の言葉も出させなかった。


「・・・直す!直すから下ろして父上!」


ぱたりと手が離され、自由の身となった少女は綺麗に降り立った。


あなたがやったの?と目を丸くする母を見ないように父の脇を通り抜けてから、結緋は思い出したかのように振り返った。


「じゃあ父上は潰しちゃった母上の畑、戻したんだ?」


眉をひそめる父と、それに詰問する母の声を後ろに聞きながら、少女は颯爽と屋敷を飛び出した。









まったく、結緋さまは大きくなられるにつれて、ますます手がつけられんようになった。

いや、わしだけの話ではない。

父である殺生丸さまも、閉口しておられるようじゃった。

目を細めて口元に手をやって思案なさるお姿は・・・そう、まるでかのお方の母、ご母堂様のようであった・・・

 

 

 

 

 


また結緋は外へでも遊びに行ったのであろうか、屋敷はしんと静まり返っていた。

清涼殿とも取れる場所の一室で、りんと殺生丸は久しく二人になった。


そのためかすこし気恥ずかしげに、しかし近頃よりくだけたように話しかけた。

「殺生丸さま、すこし顔色がよくないね」


りんの言葉に、疲れに似た感覚が殺生丸の肩に重くのしかかった。


「困ったものだ」

「・・・結緋のこと?・・・すこしおてんばね」


「・・・あれは・・・母に似ている」

「ご母堂さま?」

 

りんにとって義母は、気高く美しくそして殺生丸のような包容力を持つ、すばらしい妖怪(ひと)だ。

そのような者に自分の娘が似ていると言われるなど、本望である。


「優しいお方だものね」

 

殺生丸はますます肩を落とした。


りんはやはりわかっていない。
母がどれほどこの息子をいたぶり、その妻を愛でているかを。

 


殺生丸はりんの細い腰に手を回し、引き寄せた。

突然顔の近くに寄った厚い胸板に、りんの鼓動は高鳴った。
これも久しぶりの感覚である。


「疲れているのは私だけではないだろう」

「えっ・・・りんは別に・・・」


りんの言葉を無視して、背中に回した手を下へと滑らす。

触れられたところが熱い。

 

殺生丸は、りんの潤んだ瞳に引き寄せられるかのように唇を近づけた。

 



「母上―――!!」

 

荒々しい足音共に、襖が乱雑に開いた。


「来て!蛹が繭を破ってるの!蝶々になるんでしょう?早く早く!!」

 

慌てて顔を離したりんと殺生丸の間を割るようにして、結緋はりんの腕をとった。

向こうから息を切らして走る邪見がいる。
おおかたまた邪見を撒いて来たのだろう。


「ゆっ結緋!はしたないでしょう!」

「ごめんなさい、でも早くしないと蝶々になっちゃうよ!
・・・でも母上、お顔が赤いけど大丈夫?」

 

ぱっと頬に手をやった。


「なっ・・・なんでもありません!」


「なら早く!」


結緋にせかされるがままりんが歩を進めたそのとき、何かにそれを阻まれた。

 

「行かぬ」


りんの手をつかみ、りんの代わりにそう答えた。


いつかのように再び結緋の後ろ襟をつかみ、部屋の外へと放り出した。
目を剥く邪見がちらりと見えた。


「父上!?」


目を丸くする結緋の眼前で、戸は固く音を立てて閉まった。


開けようと手をかけるが、それは堅固にして開かない。


「ずるいっ父上!!結界なんて!」

 

 

結界に守られた部屋の中で、殺生丸はりんを抱き寄せた。


「殺生丸さま、なんで」

「・・・たまには私の相手をしろ」


そのまま閨へと運ぶ。


「せっ殺生丸さま・・・!まだ夕刻・・・」

「夜はあれと寝るだろう」


その通り、夜になれば必ず結緋がりんの布団へともぐりこむ。

 

 

 

 


いつの間にか、孵化が終わるとわめく結緋の声も聞こえなくなっていた。

 


今両親が何をしているのか、結緋が分からなくてよかった・・・などと考えていたりんも、次第に体が熱を帯びてきた。


殺生丸は久しぶりのりんの匂いに軽く中毒を覚えながら、貪るように肌を重ねた。

 

 

 

 

 

─────

「・・・ねぇ邪見、父上たち今何してるの?どうして結緋は入れないの?」


「さっ・・・さぁ・・・判りかねますが・・・」

若干目を泳がせて答える邪見を、結緋は不審げに眺めた。

 

 

 

(・・・殺生丸さま・・・なにも息女の目の前で・・・)

 

殺生丸の短気に、邪見はますます先が思いやられた。

 

 

 

 

・・・いつか絶対この結界を破って母上を取りかえしてやる・・・!


幼ながらに母の奪還をもくろむ結緋であった。


 

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