いつしか咲かなむ
いつもの、芳しい匂い───
それに混じった、意に介さぬ匂い
「さっきね、蜜柑の木があったから実を取ろうと思ったんだけど、手が届かなくて…そしたらね、近くの村の男の子がとってくれたの!」
ずいと橙の果実が小さな手から差し出された。
「まだ青いんだけど…はい!殺生丸さまの!」
強く黄色い香りが煩いそれは、殺生丸の眉間に刻まれた皺をさらに深くした。
「いらん」
もともと殺生丸が口にするという期待は薄かったのだろう。
りんはすぐに諦めて、堅い皮をむくことに精を出し始めた。
「…それはなんだ」
殺生丸の視線の先にあるのは、りんの黒髪。
いや、そこに浅く刺さった、薄紫の花弁の集まり。
「これ?その男の子がね、川辺に咲いていたからってりんのために摘んでくれたの!
髪にさしたら可愛いよ、って。
殺生丸さま、これ何ていうお花?」
頬を染める少女は、いつもなら殺生丸の心に温かいものを流し込む。
しかしこのときばかりは、その花の香りも、りんに薄くついた人間の匂いも、しみるような黄色い香りも、殺生丸の奥を燻ぶる。
──あやめ。
そう呟き、りんの髪を彩る花を手に取った。
「あ」
取っちゃうの?とでも言うような顔で、殺生丸とその花を見上げた。
───ただの植物に、なぜそうも慈愛を注ぐ。
愚かだとわかっている。
だが。
ぴくりとも動かぬ顔のまま、妖の鋭利な爪の先は嫌な音を立てた。
それはりんが息をのむ暇すらなく、小さな花を塵に変えた。
それは風に乗って二人の間を通り過ぎた。
「…な…なん、で…」
「…くだらん」
言うべき言葉はそうではない。
そうではない。
そうではない。
お前に、そんな顔をしてほしいのではない。
「…りんには…似合わない…から…?」
殺生丸は視線をりんの足元に下げたまま、答えない。
りんの腕の先には、蜜柑を握りしめたこぶしが震えていた。
「殺生丸さまー!邪見は帰りましたぞー!
…ん?りん、お前何泣きそうな顔しておるんじゃ。腹でも壊したか?」
使いから帰ってきた邪見が、りんの顔を覗き込む。
主と少女の間に流れる不穏な空気を、さすがに鈍感な邪見も汲み取った。
…こりゃまたあ、りんが何かしたな…
「こりゃっりん!また殺生丸さまのお手を煩わせたのか!?まったく…ぐへっ」
続く言葉は上から降ってきた殺生丸の足の圧力で言葉にはならなかった。
殺生丸は顔をあげ、りんを見た。
りんは震えるこぶしを抑え、蜜柑を握りしめて同じように殺生丸の足元を見ていた。
「…せっ…折角、くれたのに…」
「花ならほかにいくらでもある」
「お花、かわいそうだよ…」
「…摘んでしまえば同じこと」
「…でも、あれは、りんのために摘んでもらって…」
「…」
一言一言言葉を紡ぐたび、落ちそうになる涙をこらえるのに懸命すぎて、震える体を抑えることはできなかった。
「…ひ、ひどいよ…」
水滴がりんの俯いたまぶたの上に薄く浮かんでいた。
毒を注いだこの指で、それを拭うことはできない────
「~~っ!!殺生丸さまのばかっ!!」
殺生丸の足の下で、邪見が目をむいた。
「ぬなっ……!!」
ぼとりとその場に蜜柑を落とすと、りんは林の中の道なきところへと走り去った。
「こりゃっ!りーーーん!!」
邪見はようやく殺生丸の足元から自由になると、りんを追おうと短い足で駆け出そうとした。
が、思いとどまって己の主をそっと振り返る。
殺生丸は先ほどのりんのように、りんがいた場所を呆けたように眺めていた。
「あの~…殺生丸さま…りんのやつ…どういたしましょう?」
「…放っておけ」
「はあ…」
しかたなく邪見はりんが走り去った方向に目をやった。
…なにがあったんじゃろか…
こーんなしょぼくれた殺生丸様…わしはこのかた初めてお目にかかった…
…おそらくまたこの憂さ晴らしにわしが足蹴にされるのじゃろう…
はあああ~と恨みがましい溜息をついた邪見を、殺生丸はやはり鬱陶しそうに蹴り飛ばした。
長い間走り続けた。
どちらに向かっているのかもわからない。
心臓が悲鳴をあげ、足が棒になる。
仕方なく立ち止まった。
来た道を振り返った。
鬱蒼とした木々が茂るばかりで、もちろん殺生丸たちの姿は見えない。
───りんは、なんてことを。
後悔が駆け巡ったが、言い訳なんて思いつかない。
そもそもなぜ主があんなことをしたのかわからないから。
これ以上殺生丸たちから離れようとは思わなかったが、いまさら戻ることもできず、りんは息をついてその場に座り込んだ。
どれくらいそうしていたのだろう。
目の前を通り過ぎる蟻を眺めたり、流れていく雲を目で追ったりしているうちに、あたりは赤い世界に包まれていった。
…あれ、もう日暮れだ…
りん、どれくらいここにいたんだろう…
…殺生丸さま、迎えに来てくれないんだね…
…帰ろう。
ごめんなさいって言おう。
そう思い立ち、立ち上がって来た道を振り返った。
…あれ?
りん、こっちから来たっけ?
こっちだったっけ?
がむしゃらに走ってきたため、自分がどの方向から来たのか分からない。
ど、どうしよう…帰れない…
どっちの方角も、同じような木ばかりで、皆目分からない。
「こっち…かな?」
声に出してみたら少し現実味を帯びた。
うん、こっちだな!
暗くなる前に…急がなきゃ。
りんは早歩きで進んだ。
しかし進めど進めど同じ景色ばかり。
一向に先ほどの場所まで戻れない。
日はすでに沈もうとしていて薄暗い。
少し肌寒くなってきた。
急がなきゃ、急がなきゃ…
しかし進めば進むほど鬱蒼とした木々はりんに覆いかぶさる。
辺りはもう暗闇に包まれている。
ついに恐怖が声となった。
「殺生丸さま!邪見さま~!!」
「あのぉ~、殺生丸さま?
そろそろ日も暮れてまいりましたし…りんを、探しに行かれては…」
森の中の開けた場所に腰をおろしていた殺生丸は、邪見に言われずともりんを探していた。
しかし、見つからない。
原因は、あの、柑橘。
りんが向かったほうは、おそらく蜜柑の木が茂っているのだろう。
その匂いと、りんの着物についた蜜柑のにおいがたち混じって、りん本来のにおいを隠す。
殺生丸は小さく舌打ちした。
しかしそのとき、殺生丸の耳に届いた、か細い声。
「…りん」
突然立ち上がり空に飛び上がった主に、邪見はなすすべもなく、主が消えた方向を見上げていた。
「殺生丸さま…また邪見は置いてけぼりですか…?」
―――――
「痛っ」
枯れ枝に腕を引っかけてしまった。
浅く傷ついただけなのに、りんの柔らかい肌は裂かれて細く血の筋が腕に通った。
もうあたりは真っ暗だ。
風の音も、鳥の羽ばたきも、すべてやたらと恐ろしく感じられる。
りん…もう帰れないのかな…
殺生丸さま…探しに来てくれないもんね…
「…殺生丸さま…」
呼んでみた。
ただ愛しさが募るばかりだった。
しかし止まっていても寒いだけ。
りんは歩き続けていた。
何の気なしに、一歩踏み出した。
俯いて歩いていたため、前方が空を切っていたのに気付かなかった。
踏み出した足が付く場所はない。
崖だと気付いた時には、りんの身体はすべて地から離れていた。
一気に自分の体重がのしかかる。
その身体がはるか下へ引かれるよりも早く、何かにわき腹を抱えられていた。
何か、など、りんには考える必要もなかった。
「殺生丸さま!」
殺生丸はりんを小脇に抱えるようにして地に下りた。
なんとなく顔を合わせづらく、りんは俯いた。
・・・謝らなきゃ、って思ってたのに。
「・・・あのっ・・・殺生丸さまっ」
「・・・腕をどうした」
殺生丸の視線はりんの血が滴る腕に注がれている。
「あ、忘れてた・・・さっき、枯れ枝に引っ掛けちゃって・・・」
殺生丸は片膝をついてりんの腕を取り、傷口を眺めた。
「痛むか」
「・・・ちょっと」
殺生丸は手に取ったりんの腕を、そのまま口元まで運んだ。
「っ・・・!」
腕を横切り手首まで流れた血を、殺生丸の生暖かい舌が丁寧に拭う。
「・・・せ・・・・殺生丸さま・・・」
少しざらついた舌が傷口に触れたとき、りんの肩はぴくりとはねた。
綺麗に血を拭い去った後も、殺生丸はりんの手を放そうとはしなかった。
りんの手の甲を己の唇に押し当てた。
くだらないのは、愚かなのはどちらだ。
紛れもなく、私のほうではないか。
怖かった、恐ろしかったのだ。
りんの血の匂いが届いたその瞬間から。
「あの・・・殺生丸さま、ごめんなさい・・・」
それでもやはり、私はお前に謝らせてしまう。
お前の無垢に腹を立て、お前の素直さに救われる。
「・・・行くぞ」
殺生丸はりんの手を引いてりんを抱き寄せ、半分肩に担ぐように抱き上げて宙に浮いた。
どこにも行くな
とはまだ、言えぬ。
それならば
もう二度とこのぬくもりを離さない
竪琴の過ち
だいぶ異空間です←おい
ほぼパラレルだと割り切ってお読みください…!
シリアス展開です
「会いたいのか?あの娘に…」
女は優雅に微笑んで、息子を見下げた。
その顔は、揶揄を含んでいるようにさえ見える。
幾年重ねた今となっても、殺生丸は母の顔をまともに見ることは阻まれた。
「あれが死んでからそなたはただの殻になってしまったと聞く。
そのようなことでは世を治めることなどできまい」
「…ふざけたことを」
「会いたいのか、会いたくないのか」
母の執拗な質問に、殺生丸は顔をあげた。
「なぜ聞く」
「…会えないこともない」
金の瞳が大きく見開いた。
共に後ろに控えていた邪見も、大きく口を開けた。
「今冥道の入り口を握っているのは私だ。
すでに娘は死んだ。その事実は変わらぬ。…だが、お前が冥界の果てまでたどり着けたなら…
そこに娘はいる。…あとはお前次第だ。冥界の神とでも話をつけてこればよかろう」
殺生丸は微動だにせず、母の冥道石を見つめた。
「…行くか?殺生丸」
「…道を開けろ」
女は大きく息をついて、首から石を外した。
その所作は軽い呆れのようなものも見えたが、あたかも初めから分かっていたかのようにも見えた。
「ほんに素直でないな。まぁ好きにすればよい」
目の前に巨大な黒の穴が開き、殺生丸は迷わず飛び込んだ。
暗闇がうねるように殺生丸の身体にまとわりつく。
そのまま落ちるように進んだ。
見知った茶色い道が、殺生丸の行き先を示すかのように続いていた。
一歩ずつ確実に歩いた。
道は一本しかないものの、目的地は一向に見えない。
遠くから、獣の雄叫びが聞こえた。
(――番犬、といったところか…)
殺生丸の前に突如、あのときのような黒犬が現れた。
闘志をむきだした犬は殺生丸に牙をむく。
迷わず天生牙を抜いた。
切りつけた犬は塵のように消え去った。
(容易いものだ)
幾度も現れる獣も、同様にして切り捨てた。
十数匹と倒したのち、遠くに小さくひとつの台座がてんとある。
(…あそこか)
近付くにつれて、そこに鎮座する男の姿がはっきりとする。
男はただ殺生丸を見据えていた。
「何用だ」
男はゆっくりと、探るように問いかけた。
「りんを連れ戻しに来た」
終始顔に暗い影を落とした男は、少しずつ口端をあげた。
笑っているようだった。
「お前、妖怪、だろう。そこそこの力があると見える。お前のその刀の力も。
だが、命は普通果てれば戻らぬものとわかっているはず。なぜそのような愚かなことを言う?」
「…理由などない」
男は殺生丸の顔を下からのぞきこむように見て、息をついた。
「まぁいい。冥界の犬にも殺されなんだようだ。
望み、叶えてやろう」
男はたいして面白くなさそうに呟いた。
「娘を返す、それでよいのだな?」
「…」
「娘はお前の後をついてゆく。必ず、一定の距離を保ってついてゆく。
お前はただ来た道を引き返せばよい。もう犬はこない。」
殺生丸は冥界の神、であるような男を疑うように目を細めてみた。
「信じられぬか?」
「…」
「では、ゆけ。…ただし、絶対に振り向くな。
振り向いてしまえば、二度と娘に会うことはできぬ。たとえこの地に再び来ても、私は現れない。
よいな?」
殺生丸は無言で肯定を示し、踵を返して再び同じ道を辿った。
絶対に振り向くな、という男の声が未だに響いていた。
一定の距離、とはどれくらいなのか。
すぐそこにいるのか。
りん。
そう考えると、今にもりんの息遣いが耳元に聞こえる気がした。
───殺生丸さま。
鈴のようにころころと唄う旋律が脳内を駆け巡る。
だがそれはすべて空想だとわかっている。
長い道のりだった。
行きよりも長い気がする。
急に得体のしれない不安がのしかかった。
思わず立ち止まる。
その不安に駆られるように声を出した。
「―――りん」
無論、返事はない。
息の音も聞こえない。
愛しき匂いさえない。
「―――りん、いるのか」
闇が重くのしかかる。
心が沈んでゆく。
狂ってしまう。
殺生丸は走りだした。
風を切って早く、早く、と進んだ。
遠くに光が見える。
出口、と気付いた時、懐かしき匂いが鼻を掠めた。
「…りん…!」
何も考えてなどいなかった。
ただ身体が、この身体がりんの匂いを感じたほうを向いた。
たしかにそこにりんはいた。
「…り…」
「…殺生丸さま…もう、会えない…」
りんの姿が、あの番犬を切りつけたときのように散って消えた。
細かく小さな光だけが散らばって、残るものなど何もなく。
哀しげに眉を寄せるりんの顔が闇に溶けて行った。
りん、と呼ぼうとしたとき、何かある力に弾かれるように、そのまま己が目指していた光へとはじき出された。
気がつけば、冥界へ足を踏み入れた場所で、涙を浮かべる邪見と、自分を見下ろす母の前に殺生丸は膝をついていた。
…私は。
母はそのまま何も言わず冥道を閉じ、気付いた時にその姿はなかった。
いたのかもしれないが、すでに視界には入らなかった。
すぐそこにあった。
数十年ぶりの、愛しき匂い。
求めて、求めて、指先が触れたそのとき
私は自らそれを遠ざけた―――
あまりのことに、うまく呼吸ができない。
このまま止まってしまえば―――
爪を食いこませた地面が溶けるほど、強く地を握った。
私は
りんがいなければこれほどにも弱い―――――
再び突発作です。
一気に仕上げたため、理解不能ですが、一応解説を…
一応、ギリシャ神話をもとにしたお話です。
竪琴弾きの男が死んだ妻を取り返しに冥界の神のもとへ行き願いは叶えられるのですが、約束を破って振り返ってしまい、二度と妻と会うことは叶わない…という話です。
書きあげたのちになんですが、殺生丸はこんな馬鹿じゃないと思います←
しっかりりんちゃんが生まれ変わるのを待ち、死は必然的なものだと受け止めるはずです。
ふーん、と思ってください←え
以上、終わらせて下さい…汗
管理人:かの
夢見る殺生丸マニアへ禁断の100の質問。
夢見る殺生丸マニアへ禁断の100の質問。
001 あなたの殺生丸さまへの一方的な愛の歴史を語ってください。
兄上がりんちゃんと出会ったときの、「しゃーっ」にときめきました←
002 初めて殺生丸さまのお姿を見た時、どう思いましたか?
この世の萌えをついたファッションに感動。
003 殺生丸さまの魅力はズバリ!
りんちゃんといることでしょう!
004 普段殺生丸さまの事を何とお呼びしている?
殺生丸、殺ちゃん、兄上
005 殺生丸さまの初登場時の第一声は覚えてる?
「どけ」でしたっけ
006 殺生丸さまのお誕生日はいつでしょう?(何月何日?)
自分の創作小説では、春生まれ?なので…4月1日で
007 殺生丸さまの年齢は?それは人間で言えば何歳?
うぃきでは19歳になってますよね…
あたし的には24くらいであってほしかった…
008 殺生丸さまの血液型は何型?
彼の血は赤いのか!?
いや、赤いです。
AB-なイメージ
009 殺生丸さまの身長は?
180くらいですかね。
原作は少し低いですよね
010 殺生丸さまの体重はりんご何個分?
∞!
011 殺生丸さまの視力は?人に見えないものまで見えたりする?
犬の視界って白黒なんじゃ…;
012 殺生丸さまの嗅覚は?どれくらい先の匂いまでかぎ分けられる?
りんちゃんならどこまででも!
ただのものなら山二つ分くらい?
013 殺生丸さまの好きな食べ物は?主食は?
りんちゃん←
014 殺生丸さまの日課とは?
邪見を虐げ、りんちゃんを黙っていつくしむこと
015 殺生丸さまの活動時間帯は?
りんちゃんが起きているとき
+
自由時間(3時間ほど)
016 殺生丸さまの性格をひとことで表すならば?
冷凛
017 殺生丸さまの容姿をひとことで表すならば?
端麗
018 殺生丸さまの強さをひとことで表すならば?
三界最強
019 殺生丸さまを漢字一文字で表すとしたら?
…『りん』にしたいところですが、漢字なので…
やっぱり、殺、かなぁ
020 殺生丸さまを動物に例えると?
犬以外っていうのもちょっと…
猫っぽいけど
021 殺生丸さまを花に例えると?
白椿
022 殺生丸さまを食べ物に例えると?
…犬肉?←
家庭を持ったらりんちゃんのために鍋とか作りそう
023 殺生丸さまを天気に例えると?
雨が降りそうな曇り空
御機嫌が良くても悪くても
024 殺生丸さまを乗り物に例えると?
空飛ぶ殺生丸さま←
なめらかにとぶ飛行機、とか
025 殺生丸さまをお酒に例えると?
日本酒が以外と似合う…
026 殺生丸さまのお心の色は何色?
りんちゃんに染まってますとも!
027 殺生丸さまの好まれる香りは?
言うまでもなく、りんちゃんの香りでしょう!
028 殺生丸さまの好まれる季節は?
りんちゃんが喜ぶ春、静かな冬
029 殺生丸さまの睡眠時間は?
爆睡はしなさそう←
2時間くらい目を閉じてたらもうよさそう
030 殺生丸さまのお住まいは?
噂の御屋敷
道中で見つけた木陰
031 殺生丸さまの活動範囲は?
りんちゃんから半径3キロメートル
032 殺生丸さまのお母上はどのような御方?
殺生丸の女性版
少しよくしゃべる
033 殺生丸さまのおそばによると、どんな香りが?
気高き上品な香りが!!
くらくらしそう←
034 殺生丸さまの強さは持って生まれた才能?それとも何かしらの努力も?
父上とたくさん御稽古してそう
035 殺生丸さまの御髪(おぐし)の触り心地は?
さらっつやっぴかっ
036 殺生丸さまに一番お似合いの乗り物は?(漫画に登場したなかで)
…ご自分で飛んでください
037 殺生丸さまに一番お似合いの刀は?
なんだかんだで天生牙が似合いますね
038 殺生丸さまに一番お似合いの背景は?
木にもたれて、隣で眠るりんちゃんをちょっとやらしげな目で見つめてる←
039 殺生丸さまに一番お似合いの場所は?
りんちゃんを膝の上に!
040 殺生丸さまの名(迷)セリフと言えば?
「しゃーっ」
「好きにしろ」
「りんの代わりに得るものなど…何もない!」
「この殺生丸に守るものなど…ない!」
041 殺生丸さま、洗髪は何日に一度?
内側から浄化されていることでしょう!
042 殺生丸さま、おひげは生えてくる?お手入れ方は?
わんちゃんですから、生え換わりの季節にぼっと生えて、ざっと抜けるのでは…
043 殺生丸さま、爪のお手入れは?
敵をざっくざっくの間に自然と良い形に…
044 殺生丸さま、泳げます?
りんちゃんが深いところで溺れていたら泳ぐでしょう。
045 殺生丸さま、コーヒーにはお砂糖いくつ?
0を激しく希望。
でも案外4つくらい…甘党?
046 殺生丸さま、留学されるならどの国へ何を学びに?
イタリアに女心を学びに。
047 殺生丸さま、アンケートの職業欄には何とお書きになる?
武士
048 殺生丸さま、夏のオリンピックに出るならどんな競技で?
りんちゃんの匂い嗅ぎ分け競争
普通に行くなら、アーチェリーとか
049 殺生丸さま、冬のオリンピックに出るならどんな競技で?
穴掘りとかあればいいのに…
あんなにくるくる回れるなら、フィギュアスケートでもやったら?
050 殺生丸さま、今までに涙を流した事は?
生まれたときくらいでは?
051 殺生丸さま、今までに恋をした事は?
ないでしょう
…りんちゃんが初恋!?
052 殺生丸さま、忘れてしまいたい思い出とは?
りんちゃんを死なせてしまったこと
053 殺生丸さま、今までで一番楽しかった思い出とは?
りんちゃんが笑っているすべてのとき
054 殺生丸さまが一目置く相手とは?
父上
055 殺生丸さまが忌み嫌われる存在とは?
りんちゃん以外の人間
または半妖
056 殺生丸さまが冷静に自分を自己分析されたなら?
…りん離れしなくては←
057 殺生丸さまに人間(半妖)は卑しいと教育したのはだれ?
父上が人間と半妖のせいで死んだと知ってからそう思い込んだ
058 殺生丸さまにこれまで一番影響を与えたのはだれ?
母上<犬夜叉<父上<りんちゃん
059 殺生丸さまに今一番影響を与えているのはだれ?
100%りんちゃん
端数、邪見
060 殺生丸さまの切り落とされた片腕は今どこに?
猛丸に捨てられて、再び父上の御墓で眠っておるでしょー
061 殺生丸さまの両頬と手首に確認されている「線」。他に体のどの部分にある?
よこっぱら
062 殺生丸さまは世界妖怪ランク(通称WWDR)の何位にランクされている?
1位父上
2位殺生丸さま
063 殺生丸さまにお子様は?
りんちゃんといちゃついてたら授かっちゃいました←
064 殺生丸さまの額の御印と同じ三日月の夜に、殺生丸さまに何が起こる?
ちょっと御機嫌が麗しくなる
065 犬夜叉は気に入ったカップ麺。恐れ多くも殺生丸さまのお口には合うか?
人間の食いものは口に合わん
でしょう
066 完璧に見える殺生丸さまに欠けてる物って?
もっと素直にりんちゃんを愛して!
067 殺生丸さまは頭脳派?肉体派?
頭脳52%
肉体48%
068 一番好きな殺生丸さまのポーズは?
膝に肘をついてその手に顎を乗せる!
069 一番好きな殺生丸さまのセリフは?
りんの代わりに得るものなど…以下省略
070 一番好きな殺生丸さまの表情は?
眠るりんちゃんを見る表情
071 一番好きな殺生丸さまの刀は?
天生牙
072 他の漫画、実在の人物などで、殺生丸さまと戦わせてみたい相手は?
殺生丸さまvsりんちゃん
瞬殺でりんちゃんの勝利!
073 別所哲也は「ハムの人」、では殺生丸さまは「○○の妖怪」?
犬の妖怪←
りんちゃんの妖怪
074 あなたが道端で死んでいたら、殺生丸さまは天生牙を振るってくださるでしょうか?また気にかけて頂ける条件とは?
跨いで通り過ぎて頂ければ幸せ←
黙っていたら多少は良いのでは
075 夢に殺生丸さまがご登場になった事は?
洪水で溺れた珊瑚を助ける殺生丸さまの夢を見ました←
076 「こやつ生意気にも殺生丸さまに似ておる」という有名人は?
そんな奴はおらぬ!
077 殺生丸さまのおそばに仕える事ができたら、殺生丸さまに何をして差し上げますか?
りんちゃんのご飯を探しましょう!
078 殺生丸さまから見て、邪見はしもべとして何点?
32点くらい?
邪見は130%くらいで頑張ってるんだけどね…
079 殺生丸さまは邪見をどう思っている?
ただの邪見
080 殺生丸さまと邪見は一日何分間ほど会話する?
4秒程
081 邪見が突然消えたら、殺生丸さまは…?
一日はほっておくけど、用のあるときいなくて舌打ちする
082 殺生丸さまにとって、りんはどういう存在?
守り、最もいつくしむべき存在
083 殺生丸さまはりんをどう思っている?
何よりも大切なもの
084 殺生丸さまとりんは一日何分間ほど会話する?
りんちゃんが一方的に3時間程話す
たまに返事をするくらい
085 りんが突然消えたら、殺生丸さまは…?
邪見を叩きのめしながら隅から隅まで探すでしょう
086 りんと邪見が崖にぶらさがっている!殺生丸さまはどちらをお助けになる?
迷わずりんちゃん
りんちゃんが頼むから仕方なく邪見も
087 殺生丸さまにとって、犬夜叉はどういう存在?
卑しい半妖
088 殺生丸さまは犬夜叉をどう思っている?
父から多くを遺されてちょっと羨ましい
少しは一目置いてるかも
089 殺生丸さまの母意外の女性との子供を持った、偉大な父に対する殺生丸さまのお心はいかに?
平安時代だし、普通では…?
人間の女というのが許せない
090 殺生丸さまは奈落の事をどう思ってる?
自分をコケにした卑しい半妖
091 殺生丸さまは神楽の事をどう思ってる?
奈落の手下
「よく来るなこいつ」
092 殺生丸さまは幼少のみぎり、何人家族だった?
父・母・殺ちゃん・他従者百人ほど
093 殺生丸さまはお母上から何と呼ばれていた?
殺生丸
094 殺生丸さまは偉大だったお父上を超えた?または超えられる日はいつ?
まだ越えてないでしょう
りんちゃんの死に涙を流したとき…とか?
095 化られた殺生丸さまにひとこと。
はい、かっこいいです
でもやっぱ「しゃーっ」はないよ
096 殺生丸さまのファッションへのこだわりとは?
動きやすくかつ手触りよく…←
097 殺生丸さまが崩御される時のシュチエーションは?(泣)
りんちゃんを守って自らの命を捨てる…
または死んだりんちゃんを想いながら自分の命の尊さが分からなくなって生への執着が無くなってしまう…とか(泣)
098 これからの殺生丸さまに望む事は?
ずっとりんちゃんと仲良くしてください
099 あなたにとって殺生丸さまの存在とは?
とっても大きな存在です
100 おつかれさま。やっぱり殺生丸さまは素敵ですよね?
言うまでもなく!
幸せな100問でした…ありがとうございました!
夕月夜
※映画『天下覇道の剣』の描写があります
了承のうえ、読み進めください。
十七夜の空、そこには無数の星々と共にきらめく少し欠けたまるいもの。
こんな日には、人も妖も、そうでないものでさえ、何かの手を止め空を見入ってしまう──
「ねぇ・・・今宵は月がとても美しいのね。
少し外に出てみましょう」
「いけません、姫様!
夜は妖がどこに潜んでいるのか知れたもんじゃないのですよ!
夜は屋敷でじっとしているのが一番です」
長い髪を後ろになびかせ、美しい単を身にまとった姫は、従者の言うことも聞かず、しずしずと段を降りた。
「・・・まったく。
少しだけですよ・・・」
外界は空に浮かぶそれだけに照らされ、すべてが物悲しく映えていた。
…美しい
どうしてこんな綺麗な色を映せるのかしら
・・・夜は不思議ね・・・
姫は空を仰いで、月に向かって微笑んだ。
そんな姫を、屋敷のかわらの上に腰を下ろして眺める一人の妖がいた───
─────
・・・かわいらしい女だ
闘牙はいつのまにか毎夜足を運ぶようになった屋敷の上から、その女を眺めた。
いつものようにふらふらと散歩に出たはいいものの、少しの好奇心に負けて、つい人の住むところにまで降りてきてしまった。
自分の結界から抜けることには何の恐れもないが、やはり己の妖気に惹かれてやってくるおろかな妖怪は後をたたない。
といってもその莫大な妖気に近づきすぎて自らを滅するものばかりであるが。
そこで見つけた、一人の姫。
大きな屋敷に、多くの従者に囲まれて、小さなその人は一人で住んでいた。
「…あら…?
何の音かしら…
とてもきれい…」
静かな夜に、その音は高く細く、時には低く太く、十六夜の耳に届いた。
「ねぇ聞こえる?
とてもきれいな音色…」
「いえ、姫様。
何かお聞こえですか?」
「…聞こえないのですか?
…そう…」
十六夜は音のするほうへ顔を向けた。
侍女は姫の夕餉を片づけて簾の向こうへ消えた。
あの音色が気になって仕方がない。
十六夜は侍女の目を盗んでそっと館から忍び出た。
一度途切れたと思った旋律は再び姫の耳に届いた。
十六夜はふらふらとその出所を探す。
いついた場所は、寝殿造りの庭の橋。
そこから見えたのは、そっと開花の力を秘めた桜の樹に腰をかけて笹笛を吹く銀の髪の男──
「…あなたは…」
「やぁ、十六夜」
「…どうして私の名を…?」
「ずっと見てたからさ」
闘牙はさらりと言ってのけた。
おずおずと、十六夜は一歩進んで木を見上げる。
「あなたが、それを吹いていたのね」
「ああ。
とてもいい音だろう?」
「…えぇ…
すごくきれいね」
闘牙は少なからず驚きと戸惑いを感じていた。
思わず姫を誘い出してしまったが、こんなふうに向き合って話すことができるとは思っていなかった。
「どうしてそんなところにいるの?
降りてきたらいいのに」
姫の言葉に、闘牙はふわりと木から飛び降りた。
「ひゃっ…!
危ない!」
十六夜は思わず大きな声を出した。
しかし闘牙は浮かぶようにふわりと着地する。
十六夜はくるくると目を丸くした。
「…あなた…
すごいのね…曲者みたい」
そういって短く笑った。
…普通私が人間であることを疑うだろう
闘牙は半ば呆れたが、そんな十六夜が可愛くてたまらなかった。
「…あなた、名は?
私は、…知っているのでしたね」
「…闘牙、だ。
おかしな名だろう?」
人の名ではないしな。
「どうして?
とても強そうな名前ね。
あなたにぴったり。
その鎧も…あなた異国の人?」
「まあそんなもんだ」
異界の人、のほうがあっているかもしれぬが。
そのとき、二人の背後から叫び声とも怒鳴り声ともつく声が聞こえた。
闘牙にはだいぶ向こうから聞こえていたが、放っておいていた。
「姫様!!
なにをして…
きさま、何者!
姫様に何をしておる!」
「これ、猛丸!
なんという言い方をするのです。
この方は・・・」
何をしに来たのかしら?
ふと、自分がそれを知らないことに気付いた。
「姫様、早くこちらへ!」
十六夜は心配げに闘牙を見上げた。
闘牙はいくがよい、と頷いた。
十六夜はゆっくりと猛丸のもとへ近づいた。
猛丸は十六夜の手を引いて己の背中にまわした。
「…きさま、人ではないな…?」
姫はぱっと口元に手をやった。
「猛丸!
なんということを言うのです!
謝りなさい!」
「いいえ、姫様。
こ奴は妖怪…頭を下げる必要などありません。
…きさま、姫様をかどわかすつもりだったのか」
猛丸はぎっと闘牙をにらんで目をはずさない。
闘牙は肩をすくめた。
「姫以外のここの人間は恐ろしいな。
では退散するとしよう」
そういうと闘牙の周りの空気は渦巻いた。
姫が目を見開いた時には、闘牙の姿は風と共に消えていた。
「さあ姫様、もう大丈夫です。
早く館に入りましょう」
猛丸におされて、十六夜は名残惜しくも屋敷に戻った。
──誰だったのかしら…
猛丸の言うとおり、人ではないのかしら…
…また、話せるときはあるのかしら…
しかしまた次の夜、やはりあの笹笛の音──
──あの人がいるんだわ…行きたい。
…でも…
屋敷の外には、猛丸が命じて並べた兵たちが十六夜の護衛にあたっていた。
──私が外に出ることはできない…
あの人は、この兵の数じゃ屋敷にも入れないでしょう──
十六夜は諦め、すこし御簾をあげて外を眺めた。
白い月──
あの人の額にも、そういえば細い月があった――
春少し前の冷たい風が、十六夜の温度を下げる。
はっとして振り向いた。
「…!…あなた…!!
どうやって!?」
「走って入ってきただけだ」
「護衛たちはどうしたの?」
「私が速すぎて見えなかったのではないか?」
十六夜は鈴を転がすように笑った。
冗談だと思ったらしい。
「あなたといると、不思議なことばかりよ」
闘牙の心臓は小さく跳ねた。
「…もっと、不思議なものを見せてやろう――」
闘牙が差し伸べた手を、十六夜は迷うことなくとった。
「…連れて行って」
ふわりと十六夜を抱き上げると、闘牙は一気に高く高く天に昇った。
「…!!あなた…!
どうやって飛んでるの!?」
「お主は本当にどこか抜けておるな。
まだわからぬか?」
十六夜はやはりくりくりと目を動かすばかり。
「私は妖怪だ。この地を治める、西国の王」
十六夜は大きな眼をさらに見開いて、食い入るように闘牙を見つめた。
「…怖くなったか、私が」
闘牙はその青碧とした目を十六夜に注いだ。
「…いいえ。
とても…素晴らしいわ…
だからあなたはそんなにも美しいのね…」
闘牙はさらに強く十六夜を抱きしめた。
「…ここだ」
二人が降り立ったのは、白い小花が一面に広がる花畑。
「…なんて、綺麗なところなの…
この花は、かすみ草?」
十六夜はその場に座り、花に手を伸ばした。
姫の重みで花はふわりと中心に首をもたげる。
「いや、これは妖の花だ。ただの人には見つけられぬ。
…見ておれ」
闘牙は片膝をついて、ふっと花に息を吹きかけた。
その花は青白い光を帯びて、それは周りへまわりへと伝わっていく。
気づけば、辺り一面、満天の星空のようであった。
「…」
「私の妖気を花に吹き込んだ。
お前には、地の星も天の星もよく似合う…」
「…」
「…十六夜?」
何故、喜ばぬ?
気に入らぬのか?
綺麗だと言って、笑ってくれ
闘牙は俯いたきりの十六夜になすすべもなく、自分の背中に冷や汗が滑るのを感じた。
「い、いざよ…」
姫の打ち掛けのうえに、ぽつりと水滴が落ちた。
「…私、こんなにも、素晴らしいものに出会えたのは、初めて…」
十六夜の目に浮かぶものに呆気をとられた闘牙は、あたふたと無意味に手をばたつかせた。
「えっ、おっ…
なっ…何故泣くっ
嬉しいのではないのかっ…」
「とても嬉しいわ」
「それならば、何故…」
「それだから、です」
慌てる闘牙を見て、十六夜は顔を歪ませて笑った。
闘牙の長い爪の指先は、そっと十六夜の目元まで伸びた。
「…いつでも、連れてこよう」
そのまま引き合うように、二人は唇を重ねた。
毎夜毎夜、闘牙は十六夜を迎えに来た。
そのたびに二人は秘境の地に足を運び、二人だけのときを過ごした。
闘牙は自分に妻と子がいることを話した。
「その方たちも・・・犬、なのですか?」
「あぁそうだ。
古代から血を受け継ぐ一族だからな」
十六夜は闘牙の各地での戦いの話を多く聞いた。
そのぶん闘牙は十六夜に人間について聞いた。
二人の間に溝などは、もとより存在し得なかった。
「十六夜は、父と母はおらぬのか?」
一瞬、ふっと十六夜の目に影が走るのがわかった。
「言いたくなければ、いわんでよいぞ」
「いいえ・・・大丈夫よ。
私の父も母も、謀反で殺されたの。
私は両親が残してくれた家で、一生隠れ住んでいくつもりだった──
でも・・・あなたが、来てくれたから──
私の毎日は、一日一日がとても大切なものに変わったわ・・・
ありがとう」
目に涙を浮かべてそう言う十六夜に、闘牙は自分の奥が熱くなるのを感じた。
その細い手首を引いて、自分の下へ手繰り寄せた。
細い肩はすっぽりと闘牙に納まった。
「私も、お前に会えてよかった・・・」
十六夜の額、頬、唇に次々と口づけを落とす。
森の奥深く、上弦の月に見つめられたまま、二人は結ばれた──
─────
二人が逢瀬を重ね始めて一年が過ぎようとしていた。
二人が始めてであった、春───
今宵は、どこへ連れて行ってくれるのかしら・・・
何時もなら、未申の刻には迎えに来てくれるのに、今日は少し遅いわね・・・
すでに申酉の刻を過ぎていた。
十六夜は屋敷の縁側で待ち続けた。
早春の冷たい風は容赦なく十六夜の体を冷やす。
「・・・十六夜様。
今宵奴は来ませぬ」
背後からやって来たのは、不敵とも取れる笑みを浮かべた猛丸。
「あの人は来ます」
きっぱりと迷うことなく答える十六夜に、猛丸の頭は熱くなる。
しかし、自然とその口角は上がる。
「・・・名高い霊媒師に、屋敷の周りに結界を張らせました。
あやつは入って来れませぬ」
「あの人がそのようなものを破るのはたやすいことよ」
十六夜は動じない。
「では、なぜ今宵来ないのですか?」
「・・・」
それにはどうにも答えられない。
事実、闘牙は来なかった。
「・・・結界を解かせなさい」
「それはなりません。
姫様・・・姫様はたぶらかされておるのです!
あやつは・・・血に飢えた妖でありますぞ!?
そのようなものに心奪われるとは・・・おいたわしゅうございます・・・」
「あの人はそんなんじゃないわ」
突然、猛丸は十六夜を抱き寄せた。
「なっ・・・離しなさい!猛丸!」
「姫様・・・無礼をお許しください・・・
この猛丸、ずっと、姫様が幼い頃からあなた様を見ておりました・・・
お慕い申しております・・・
私なら、あなたを永遠に守ってゆける」
「猛丸・・・うっ・・・!?」
十六夜は腹部に激痛を感じた。
「姫様!?どうなされました!?
姫様───っ!!」
猛丸は気を失った十六夜を抱き留めた。
─────
屋敷の外では、闘牙は頭を抱えていた。
は・・・入れぬ・・・
結界・・・か・・・
屋敷中を張り巡らしている結界は、人間が張ったものとはいえ、案外強かった。
あいにく闘牙は十六夜と会うときは鎧・武器の類を一切持ってこないことにしていた。
十六夜を抱きしめるときに邪魔だからだ。
今宵は、会えぬ・・・か・・・
まぁ、いい。
十六夜の護衛の手が緩んだときに入り込めば・・・
そう思い、闘牙はしぶしぶ帰路へとついたのであった。
「…御懐妊…!?」
「はい…どうやらそのようで…
めでたきことなのですが…
いったいそのお相手は…?」
猛丸は奥歯をかみしめた。
「十六夜様のもとへ、誰一人として入れるな!
侍女も限られてものだけだ。
護衛は倍に増やせ!
姫様を…あの化け物から御守りせねば…」
―――――
闘牙は鉄砕牙を携えて城の前までやってきた。
「赤い鉄砕牙!
結界を切り裂け!」
赤く輝いた鉄砕牙は、一瞬にして城の結界を消し去った。
十六夜…
私のことを心配しただろうか…
「!」
風のにおいを敏感に感じ取り、闘牙は飛んできた矢をひらりとかわした。
「いきなり攻撃しかけるとは、無礼な奴よのぉ」
眼下には、矢を構えた何百もの護衛と鎧で自らを固めた猛丸がいきり立っていた。
「降りてこい!妖怪!
十六夜様のもとへは通すまい!」
闘牙は思わず鼻で笑った。
「できるものならな。
かまわず行かせてもらうぞ」
「させん!
はなて!!」
一斉に矢が放たれた。
下から降る雨のように、矢は闘牙に降り注ぐ。
しかしただの人間が、しかも下から放った矢が大妖を傷つけるはずもなく、無情にも跳ね返った矢だけがぽろぽろと無数に地に返っていく。
「くっ…化け物め」
猛丸は十六夜の寝所へと走った。
「十六夜…十六夜。
私だ…」
「…あなた…」
か細い声が耳に届いた。
奥には横になる十六夜がいた。
「十六夜?
調子が悪いのか?」
「待て!!」
猛丸が追ってきた。
十六夜は思わず闘牙の手を強く握った。
十六夜…
闘牙は十六夜をすくうように抱き上げると、猛丸の目を巻くように風をあげて、屋敷を飛び立った。
「行かせはせん!」
猛丸は迷わず弓を引いた。
「!!」
十六夜の声にならない叫びがこだまする。
矢は闘牙のよろいが覆いきらない背中に鋭く突き刺さった。
それも構わず闘牙は障子を突き抜けて飛び立った。
「くそ・・・」
猛丸は弓を下ろして、二人が消えた闇夜を睨んだ。
十六夜は、何度も何度も矢の刺さった背中を心配したが、闘牙は構わず飛び続けた。
早く、二人だけになれるところへ行きたかった。
二人が逢瀬を重ねたあの花畑に降り立つと、闘牙はそっと十六夜を下ろし、おもむろに背中から矢を抜いた。
「・・・ごめんなさい・・・」
「何故、お前が謝る」
「・・・猛丸は、私のことを心配しているだけなのです・・・」
「・・・わかっておる」
闘牙は十六夜を抱き寄せた。
その肩は折れてしまうかと危惧するほど細かった。
「突然連れ出して悪かった・・・体はつらくないか?」
「大丈夫・・・」
どこか所在無げな十六夜に、闘牙の心配はますます募る。
「やはり城へ戻るか」
再び十六夜を抱き上げようとすると、十六夜は闘牙の着物を掴んで首を振った。
促されるままにその場へしゃがみこんだ。
十六夜はうつむいたまま、口を開いた。
「あなたの子が・・・お腹に、授かりました・・・」
かくっと音が聞こえるかと思うほどの勢いで、闘牙のあごが落ちた。
十六夜はそっと顔を上げてぎょっとする。
なんともだらしない顔で、闘牙は瞳を潤ませていた。
思わず十六夜は吹き出した。
闘牙は長いまつげでその水滴を飛ばすと、そっと十六夜の腹に手を添えた。
「私の子が・・・ここにいるのか」
新しい命が宿った十六夜の体は、どこか神秘的で、温かく、闘牙は中からこみ上げるいとしさに突き動かされるように、十六夜を抱きしめた。
「・・・ありがとう、十六夜・・・」
十六夜は抱きしめられたまま、涙が自分の頬から闘牙の肩へと伝うのを感じた。
「そういえば、あなた・・・どうやって屋敷に入ってきたの?結界が・・・張ってあったというのに」
「おぉ、結界がはってあると気付いてな、私の牙で刀を打たせたのだ。・・・お前を、守るための刀だ・・・ゆえに、結界でさえも斬れる」
「牙?」
十六夜は闘牙の口元を覗き込んだ。
闘牙は軽く笑う。
「私の牙や歯などすぐに生え変わってくる。先刻の傷ももう治った」
はっとしてその背に回ると、すでに矢が刺さった後もない。
「・・・すごいのですね・・・」
十六夜はそのまま立ち上がろうとして、世界が回るのを感じた。
自分自身がふらついていた。
「・・・十六夜!?」
「・・・大丈夫、少し、目が・・・」
顔をゆがませて微笑む十六夜に、闘牙ははっとして軽く息を呑んだ。
「・・・十六夜・・・よく聴け。お前の腹の子は・・・私の強い妖力を、その妖怪の血を引いておる。それはお前の体内にも流れ込んで、お前の体を蝕む・・・だから・・・」
「いやよ」
闘牙が言い切る前に、十六夜はきっぱりと言い放った。
「・・・十六夜、今なら私の館の薬師の薬で、子を・・・」
「いや。産みます」
闘牙とて、けして子がいらないわけはない。
だが、それよりも・・・
「・・・十六夜・・・私はお前を、失くしたくはない・・・」
闘牙は懇願するように、十六夜の細い肩に手を置いた。
十六夜は目を伏せて、守るようにその腹部をさすった。
「・・・私も、この子を失くしたくない・・・この世で初めて愛した人の子です。私がどうなろうと・・・この子を産みます」
その目は誰も、闘牙でさえも受け付けない強い光が宿っていた。
感服した。
・・・強い女だ・・・
「・・・わかった。私たちの子を・・・産んでくれ」
十六夜は顔を上げて、花開くように微笑んだ──
「体を冷やしてはいかんしな」
帰るか、と言いかけて、ふととどまった。
――あそこには帰したくない…
直観的なものだったが、思わず険しい顔になった。
そんな闘牙を見て、十六夜は柔らかく笑った。
「…帰りましょう。私は、心配いりません」
闘牙の気持ちをくみ取ったかのような言葉に、闘牙も安心した。
「…そうか」
二人は再び同じ道をたどり、屋敷へと戻った。
兵が控えているといけないからと、十六夜は屋敷の門前で闘牙から降りた。
身重の十六夜を歩かせるのは不安であったが、城の者がすぐに気付くであろうということで、二人は別れた。
子が生まれるまで、しばし会えぬな…
おそらく、闘牙が会いに来るたびに多勢の兵が攻撃を仕掛けるだろう。
闘牙にとってはどうということないが、十六夜に心配をかけることは負担になる。
そんな闘牙の気持ちを十六夜も理解していた。
子は冬に生まれるのか…
闘牙は十六夜の身体が心配ではあったが、やはり待ち遠しくもあった。
闘牙にとって十月(とつき)など一瞬のことである。
浮足立つとはまさにこのことで、早くこの顔が見たいとそればかり考えていた。
竜骨精から傷を受けるまでは。
西国を荒らす竜がいると聞いてじっとしていられないのは昔からの性分である。
すかさず噂の谷まで出向いた。
――占師の話では、今宵が子の出産日になるらしいと聞いていたからか、思いのほかてこずった。
自らの牙で封印することまでこじつけたが、その時にはすでに己の体は切り刻まれていた。
しかし、行かなくては。
自分の死期を思わず近くに感じた闘牙は、血の滴る体を引きずり、まずは自分の屋敷に帰った。
止める冥加を連れたまま、闘牙は化け犬姿で十六夜の屋敷まで飛んだ。
大量の、松明の油のにおい…
すぐに猛丸が兵を挙げているのだと気付いた。
そんなものにひるむ暇もない。
闘牙は屋敷へと駆け出した。
十六夜は陣痛と、腹部から波打つように伝わる妖気に息も絶え絶えになりながら、御簾の隙間からのぞく月を拝んだ。
想いを馳せるのは―――
「あなた…」
がむしゃらに走った。
ほとばしる血は容赦なく自らの銀毛を赤に染めた。
「無理ですじゃ!無茶ですじゃ!
どうかお考え直しくださいませ!
御館様はまだ、竜骨精と戦った時の傷が癒えてないではありませぬか!」
冥加は飛ばされまいとその毛に必死につかまり、声を限りに叫んだ。
しかし闘牙は構わず走り続けた。
「あれを死なせるわけにはいかん…!
…それに…私はもう長くはない」
闘牙の言葉にはっとする。
月はすでにその姿を朧にしていた。
猛丸は十六夜の寝所の前で、空を見上げた。
「月食か…物の怪退治にはふさわしい夜よ」
寝所の御簾を巻きあげ、中へ入った。
「誰です…」
十六夜のか細い声が聞こえる。
「刹那の猛丸にございます」
十六夜はふっと息をついた。
「猛丸…ちょうどよかった…一刻も早く、表の兵たちとともに立ち去りなさい…あの人に敵うものなど…誰ひとりいないのですから…」
十六夜の息はますます荒く短くなっていく。
「十六夜様…
私はあなた様をお慕い申しておりました…
…たとえ、あなたが物の怪などに心奪われようと…!」
猛丸は、槍をもった腕を高くふりあげ、そのまま十六夜の胸へと振り下ろした。
苦しげな十六夜の呻きがこだまし、やがて絶えた。
「我が想いは、永久(とわ)に変わりませぬ…!」
闘牙は屋敷の兵を一瞬でなぎ倒し、屋敷の正面で十六夜の匂いを探した。
「十六夜!十六夜!」
…大量の血の匂い…
これは、十六夜の…
「よく来たな、物の怪!」
目の前に猛丸が立ち塞がった。
猛丸の口角は自然と持ちあがる。
「少し遅かったがな…十六夜様はお前の手の届かぬところにお連れした…私の、この手でな!」
闘牙は奥歯を噛み締めた。
鈍い音がする。
「…馬鹿が!!」
鉄砕牙を構えて猛丸の懐に入った。
人が妖の速さと比較するにも及ばず、猛丸は瞬く間もなくその左半身を切り刻まれ、左腕はぼとりと落ちた。
闘牙はそのまま屋敷へ飛び込んだ。
猛丸は片膝をつくと、鬼のごとき形相で叫んだ。
「火を放て!物の怪を、屋敷もろとも燃やしてしまえ!!」
闘牙は必死になって十六夜の匂いを拾おうとした。
自分の血、猛丸の血、十六夜の血…
さまざまな匂いが求める匂いをかき消す。
はっとして振り向くと、御簾に囲まれた一角もまた、ぱちぱちと火に爆ぜていた。
駆け寄り御簾をめくると、そこには自らの血にまみれ、事切れた十六夜がいた。
闘牙の心臓は掴まれたかのようにぐっと小さくなる。
…頼むぞ、天生牙…!
闘牙は黄泉の国の使いを残さず切り払った。
目を開けた十六夜に、火鼠の衣を被せる。
十六夜が事切れる寸前に産み落とされた赤子は、十六夜に抱きあげられて思い出したかのように泣きだした。
ふらりと猛丸が現れた。
「貴様となら悔いはない…
このまま黄泉の国へと旅立とうぞ…!」
猛丸は刀を構えた。
闘牙と戦うつもりであった。
闘牙は背から叢雲牙を抜き取る。
「生きろ…!」
「あなた…」
「…犬夜叉…」
闘牙の呟きに猛丸が反応する。
「なに?」
「子供の名だ…その子の名は、犬夜叉!
さあ、行け!」
「はい…!」
十六夜は闘牙の声に背中を押されて、赤子を抱いて火の回った屋敷から走り出た。
中では闘牙と猛丸が刃を交える、きぃん、きぃんといった音が冷たい空に響いていた。
…犬夜叉…
十六夜はそっと赤子が纏う布を捲った。
小さな犬耳を持った赤子は、はらはらと舞う雪の中、温かな母の腕の中で元気よく泣いていた。
…この子と、生きていく…!
あの人の分まで、私がこの子を守る…!
――――――
半妖の子に、妖怪の子をなした女に、世間はやはり冷たかった。
小さな母と子が暮らしていくには、平安の都は大きすぎ、世間の目から逃れて暮らすには狭すぎた。
人の子であれば、元服の刻であった犬夜叉も、その儀式さえ、ましてや都の中で生きることさえ阻まれた。
強くありたいと、犬夜叉を守ることができるように強くありたいと思っていたが、いつもさびしげに佇む子を見ては、涙を流さずにはいられなかった。
だからそのぶん、父の話を聞かせた。
闘牙はあの後、炭と化した屋敷から出てきた。
泣き崩れる十六夜をその子もろとも強く抱きしめた。
これが今生の別れになると、二人ともわかっていたから。
いつもの顔で大きく笑い、どこかへ飛び立つ闘牙を十六夜は止めなかった。
どこへも行かないで
ずっと私とこの子のそばにいて…!
闘牙の背中に投げかけたい言葉は多くあったが、冷静な自分が無駄だと言っていた。
だからこそ、その背中をいつまでも見つめていた。
脳裏に焦げ付くほど、強く――
しかしやはり、犬夜叉と闘牙の妖力を一身に浴びたその身は徐々に蝕まれていた。
犬夜叉が成長したころには、すでに寝所にこもりきりとなった。
「母上…」
不安げに犬夜叉が顔をのぞかせる。
…私が果てたら…この子はここにはいられない…
それだけが心配でならなかったが、やはり体内を駆け巡る妖気にもともと強くはない身体は悲鳴を上げていた。
すでに時間は残されていなかった。
…なんだか、あの人と出会っていた時がすべて夢だったみたい…
すべての色が鮮やかで…
あの人のまわりだけ、いつも華やいでいたから…
私はただ、思い出が色褪せるのが怖かった…
…あちらでも、人と妖怪はともにいられるのかしら…
もしそれが許されなくても…次は私が会いに行く…
あの人が迎えに来る前に、会いに行く…
――願わくば、犬夜叉があの人のように強く優しくなりますよう――
――願わくば、再びあの人と同じ時を生きられますよう――
「母上ーーー!!」
子の涙が微笑む十六夜の頬に落ちる。
――願わくば、あの笑顔をもう一度――
明月冷月
時は古代─────
まだ地には妖が跳梁跋扈していたとき───
「御館様!御館様!逃げても無駄ですぞ!
あなた様はこの西国の地を手中に入れられたお方なのです!
そのようなお方に奥方様がいらっしゃらなくててどうするのです!」
冥加は話が区切れるたびに小さな体を精一杯飛ばし、高く木に上った王に向かって声を限りに叫んだ。
「自分の相手くらい自分で決めるといつもいっておるだろう!
私はまだ好きなことをしておりたいのだ!放っておけ!」
枝の上に器用に胡坐を書き、王はぷいと顔を背けた。
「好きなことをしていられる時期はもう過ぎたと、何度も申し上げておるではありませぬか!
というかあなた様は、今まで好きなことばかりでろくに国も治めず…
だからこそしっかりした奥方様が必要じゃというのに・・・」
最後はため息と入り混じって消えてしまうような声で冥加は呟いた。
王はそんなこと気にも留めず、またもや戦いのこと等考えているようである。
一方、ここより東の館では
「姫様、今日はいよいよ西国の闘牙様と見合う日ですな」
「ああ。だが何度も申しておるようにわらわより弱いものならいらんぞ」
東国の姫は大して興味なさげに、くるくると自分の髪を指で弄んだ。
「はっ、もちろん闘牙様は数々の武勇伝を持つお方・・・必ず、姫様のお気に召されるでしょう」
聞いているのかいないのか、姫は従者の言葉に少なからず期待を抱いていた。
・・・ふん・・・そう強ければわらわの相手に相応しい。
姫は御付の者たちに、身の回りの整理を始めさせた。
───────────────
「王がお気に召さなけらば、断ればよいのです!
ですから、会いにだけでもお行きください~」
冥加は涙ぐみながら訴えた。
「それならばお前が言ってこればよい」
王は無情にも応じない。
「そんな・・・!わしが行っても仕方がないではありませぬか!
・・・はぁ・・・あちらの姫様は幾分好戦的であるらしい・・・
ご機嫌を損ねられて攻め入れられでもしたら・・・また面倒なことに・・・」
王の尖った耳がぴくりと動く。
「なにっ!?あちらの姫は戦うのか!?強いのか!?
何故それを早く言わぬ!
出発するぞ!早く支度をせぬか!」
王は木から飛び降り、着地と同時に館の中へと舞い戻った。
・・・なんか、王は行く気になられたみたいじゃ・・・
・・・なーんか違う気もするがな・・・
冥加は複雑な面持ちで、屋敷へ戻る王の背中を見つめていた。
「たのもー!!」
王は鎧を纏い、見るからに闘争装備で姫の館を訪ねた。
支度を始めてまだ数分と経っていない。
「闘牙様!見合いに来ていくらなんでもそれは…」
しかし王は聞いていない。
「屋敷に妖気が満ちておる!結界も、我が屋敷に引けをとらぬ強さだ!
あぁ、楽しみだなぁ、冥加!」
目を輝かせてはそう話す王に、冥加はすでに声をかける気もしなかった。
「なんじゃ、もうきたのか。騒がしい奴じゃな」
銀の髪に金の双眸。
白椿を思わせるような装束は、雪のように美しかった。
姫はゆっくりと屋敷から現れた。
「お前が闘牙か。なかなかの男ではないか」
姫は値踏みをするかのように、王を眺めた。
一方王はと言うと、口を半開きにして立ち尽くしている。
「・・・なんと美しい・・・その上ものすごい妖気だ。
ぜひ手合わせ願いたい」
しかし姫は鼻で笑い飛ばす。
「ふっ、愚かな。
いいだろう、しかしわらわは手を抜かぬぞ」
そう言うや否や、姫は背後の館と同じ大きさはあろうかと思われるほどの大犬に変化した。
それに呼応するかのように王も徐々に本来の姿を形作っていく。
あまりに急な展開に、それぞれの従者はオロオロするばかり。
二匹の妖力がお互いを牽制し、その間には妖気の渦が逆巻いていた。
様子を見るように相手を睨む二匹。
突如、猛々しいほえ声とともに、二匹は空へと飛び上がり、空中で組み合った。
すさまじい爆音と、体と体がぶつかる音が冷たい空気を震わせる。
互いに人型であれば、刀なりの武器があるだろうに、そうしなかったのはやはり互いの本性を探るため。
であれば、見合いの意味はなしたといえよう。
組合いぶつかり合っていたかと思うと、突然王のほうがそのまま空高く屋敷を超えてかけていく。
その後に姫が続いた。
始め、傍観していた従者たちは王が逃げ出したのかと勘繰った。
しかし王にはどこか楽しげな風があった。
従者たちはただただ、小さくなっていく二匹がうまくいくことを願うだけだった。
王は眼下に小高い丘の草原を見つけ、そこに降り立った。
すでに人型に戻り、後を追ってきた雌犬を見上げた。
姫は静かに、王に向かい合う形で地に降りた。
その顔には不満げな色がにじんでいる。
「すばらしい力量だな。
そこらの姫様とはえらい違いだ。
油断していたわけではないが、手傷を負ってしまった」
腕から覗くかすり傷をぬぐうように舐めた。
「・・・お前、手を抜いただろう・・・愚かな」
王は数秒まじまじと姫を見た。
「おぬしが美しいからだ」
何をいまさら、とばかりに言ってのける王に、姫も一瞬目を丸くした。
「美しいものに傷をつけたいと、誰が思う?
そしてそれを我が物にしたいと思うのは至極当然だろう。
姫、私の嫁になれ。我が館は楽しいぞ」
なにしろ私がいるのだからな、とにっと笑った。
姫は目を細め、上から下まで王を眺め回した。
…こやつ…何を抜かす…?
…読めん…
「お前…突然女に嫁になれと言う奴があるか?
…私に何か貢ごうという気もないのか。
…それならば、嫁いでやっても良いが」
今までの男は皆、弱いくせに私を我が物にしようと、下らぬものばかり送ってはえらそうな顔をしていた。
そんな奴は一蹴するまで。
だが、こやつは…
王は、ははっと朗らかに笑った。
「欲しいものがあるわけではないのだろう?
私と共にいれば、互いにかけがえのないものを得ると、そうは思えんか?
しかしお前も王であるこの私に貢がせようとは、なかなかの者であるがな」
恐れ入ったわ、とでも言うように肩をすくめて見せた。
「では屋敷へ戻るか。
冥加のことだ。心配のあまり失神しておるのではないか?」
王は姫の返事も聞かず高く腕を伸ばして伸びをしながら、声のない音だけで笑った。
─────よく、こうも表情が変わるものだ。
ほんに騒がしい奴。
…しかし、居心地は悪くない。
「…帰るか」
姫は空高くを仰いで、ぽつりと呟いた。
王はきんと冷えた空気のにおいをかいで、満足げな顔をした。
「あぁ。
私たちの館にな」
それからは怒涛の毎日であった。
各々の従者が…であるが。
王に、姫を連れて屋敷へ帰るといわれた際には、冥加はいつもの倍ほど高く飛び上がった。
気まぐれな王のこと、あの戦いの間に何があったかを聞くつもりはなかったが、王があまりにもあっさりと
「今宵祝言をあげるぞ」
と言ったときにはさすがに驚いた。
姫は姫で、いつものようにあまり多くは語らず
「荷をあちらへ届けよ」
そう言っただけだった。
当の両人を並べても、祝言を挙げたばかりの夫婦には到底見えない。
ろくな会話さえもしていないのだから。
しかしこの祝は二人が決めたこと。
従者たちは、あまりに違いすぎる二人が平穏に暮らしていくことをただただ願うばかりだった。
従者たちの思い通り、二人の性格はあまりに違いすぎた。
しかしそれがかえって、二人の間柄を際立たせていた。
「なぁ、そろそろ梅が咲く頃ではないか?
香りが屋敷へ入るように、戸をあけさせておこう」
「いやよ。
あの香は鼻につくもの」
「なぁ、人の世ではこの時期に、丸く白いものを木箱につんで、月を拝むらしいぞ。
それを作らせてみようか」
「あら、月なんかこの季節じゃなくても、毎日見えるじゃないの」
王はいくら我が妃が取り合わずとも、大して気にした風はなく、取り留めのないことを言っては一方的に話しかけていた。
姫はというと、いい加減うんざりしていた頃だったが、王の子供じみた発言とその表情は、どこか引き付けるものがあるのだった。
そんな二人ではあったが、いつしか出会った頃以上に想いあう気持ちは強くなっていた。
王は自分が仕事である書に目を通しているとき、いつも近くに座り、遠くを眺めている姫がいないと、ふと仕事に手がつかなくなり、野生動物のようにうろうろと室内を歩き回って、しまいには探しに外へ飛び出してしまう。
そう言うときに限って、姫は階下の者と話しているだけだったりするのだが。
逆に、いつもふらふらと仕事をほうって遊びに行ってしまう王には慣れているものの、その帰りが遅いと無性に腹立たしく、「いやぁ、遅くなった」といって突然帰宅する夫の姿に安堵のため息をつくが、素直に「心配した」と言えずに冷たくあしらってしまうのだった。
しかしその折には必ず
「山ひとつ向こうの人里近くに、一本すばらしい椿の木があってな。
ほら、お前のように美しい」
そう言って無邪気な笑みを向けるのだ。
案外このお二人様はお似合いじゃな・・・
従者たちがそう思い始めた頃、姫の体内に新たなひとつの命が宿った。
予想通り、いや予想以上に王は歓喜した。
「あぁ、私にも子ができたのか!
男だろうか。男がよいなぁ。きっとこの世で一番強い妖怪になるぞ。
いやしかし、女でもよいな。お前に似た美しい女子になるだろう。
…しかし、お前ほど冷めた子だと父は悲しいぞ。いやいや、あぁ楽しみだ」
一方姫は己の腹部を見つめ、違和感を感じるばかりだった。
「おお、そうだ。
私とお前ほどの者の子だ。
おそらくお前の妖気もこの腹の子に吸われてしまう。
そうなってしまう前に無事子が生まれるまで安静にしておれよ」
と無理やり寝かしつけられた。
その間にも、王は下の者たちにせわしくあれやこれやと赤子のものを集めさせ、着々と子を迎える準備をしていた。
─────翌年、春。
桜の開花とともに、子は無事生まれた。
王は締め切られたふすまの向こうでうろうろうろうろしていたが、赤子の泣き声が屋敷中に響き渡った途端、ぱっと顔を上げてどたどたと足音高く、姫と子のいる部屋へ突入した。
姫は多少疲れた顔をしていたが、不思議そうにその腕に抱かされた赤ん坊を見つめる姿に、王は赤子よりも姫に愛しさを募らせた。
───額の月、顔の模様も我ら同様のものだ。
…顔つきは少しむこうに似ているか?
王は声も出せずに子を眺めた。
「あなた、名をどうします」
「おぉ、そうだ。
名前を考えるのをすっかり忘れていた。
いずれ国中にとどろく名であるからな。
しっかり考えねば・・・」
「…殺生丸」
唐突に姫が呟く。
「殺生丸がよい」
「…殺生丸か?
また物騒な名前ではないか」
「あら、あなたこそ」
「…まぁそうだな。
…よし、殺生丸。お前は偉大な母から名を預かったのだぞ。
…殺生丸よ…早く大妖怪になれ…」
「ほら、殺!!父上だぞー!
言ってみろ、”ち、ち”だ」
「う?」
「違う違う。”ちち”だ」
まだ生まれて七日と立っていないのに、王は赤子相手に何とか”ちちうえ”と呼ばせようと奮闘していた。
王があまりにも言葉を覚えさせようとするので、嫌気が差したのか、単語はまだ発しない。
しかしやはり大妖怪の子である。
生まれて四日で立つこともできるようになった。
…ひねくれておる。
母はそう踏んでいたが。
殺生丸を構うのは、いつも母ではなく父だった。
父に関しては、これ以上ないほどの愛情大爆発である。
わが子の毒爪で着物を溶かされても喜んでいる。
人の子では考えられない速さで進む殺生丸の成長ぶりを、王はほくほくといった表情で見守っていた。
…母は相変わらず、子にも王にもたいした興味は示さず、さして言えばますますあの人がうるさくなったわと思うくらいだった。
殺生丸は幼い頃から数多くの教養を難なくこなし、父と武道を極めては、屋敷の周りにいる小妖怪に戦いを挑んだ。
いつしか父の強さに憧れを抱くあまりに、己の生涯の目標は必然的なものとなっていった。
どこまでも強さを求めるようになってしまったわが子を、王は複雑な思いで見つめていた。
「母上。この屋敷は人の匂いがします。
…父上からも」
「あぁ。闘牙は人好きだからな」
「…私はあまり好きません。
あのような下等な生き物など…」
父上の気が知れない、とでも言うように、ふっと息をついた。
しかし母はそれだけではないと感づいていた。
──人の女
の匂い。
王ほどのものであれば、妾を作ることなどたわいもない。
遊びのように女を買うこともある。
…しかし、今回は少し勝手が異なる。
人、である。
大妖怪が、人と血を交えるということが信じられなかった。
王はおくびもせず、それについて話した。
人の城にかわいらしく優しい姫がいる。
自分のことを人、妖怪の区別せずに扱ってくれる、と。
日に日に王がそこへ通う頻度は増した。
否が応でも屋敷中の誰もが気付いた。
──王はやはり変わり者だ
そう思われても仕方がないと言える。
…美しさで私が劣るとは思えないが、このようなつまらぬ妻といるよりは、幾分楽しいのだろうな…
いつもなら、
「なぁ、そろそろ楓も赤く染まる頃だ。
殺を連れて見に行かないか?」
とでも言うのに、今年は、いない。
すでに木々は枯れていた。
星だけが輝き、月がその姿を隠す朔の夜。
血の匂いが、二匹の鼻についた。
・・・闘牙か。
帰宅した王の姿は、なんとも言えず無残ないでたちであった。
かろうじて命は繋ぎとめているが。
「おぉ、なんだなんだ、珍しくお前と殺が一緒にいるなんて。
あぁ、これか?
いやぁ、まいったまいった。
竜骨精という奴と戦ったのだがな、思いのほか手こずってしまった。
一応封印することはできたんだがな」
そう言って笑うものの、王が歩いた軌跡には血の跡がとめどなく垂れていた。
「・・・無様ですな、父上。
西国の大妖怪ともあられるお方が、そのようなお姿になられるとは。
・・・人間などに、うつつを抜かしているからではございませぬか」
「・・・ははっ。
否定はできぬな。
おい冥加、薬師を呼べ」
王はそのまま奥の部屋へと去っていった。
その妻は後に続いた。
「・・・その怪我で行くの」
「・・・あぁ。
・・・死なせるわけにはいかん」
「・・・そう」
軽く処置をされた王は着物を翻し立ち上がった。
「・・・もう行く」
「・・・」
「・・・殺を頼む」
「あれはあなたにそっくりよ」
「・・・お前にもな」
「・・・気をつけて」
初めて出た、素直な言葉だった。
「・・・あぁ。私はやはりお前と共にいてよかった」
王は真の闇に溶け込むように、館から飛び立った。
すでに山々は、落ち着いた赤や黄の世界から、冷たい風の吹きつける獣たちの住処へと変わっていた。
地にははらはらと白い粉が舞い降り、それは荒々しく岸壁にたたきつけられる波にも、容赦なく降り注いだ。
王はその情景を眺め、一人たたずんでいた。
・・・正確には、その背後に感じる気配を敏感な鼻が拾っていたのだが。
「・・・行くのですか」
「・・・あぁ」
「・・・その前に、あなた様のその鉄砕牙と叢雲牙をこの殺生丸に譲っていただきたい」
──息子よ
そこまでお前は、何故強さを求める。
・・・大切なものを、守る力さえあればそれで事足りるのだ──
「・・・殺生丸よ・・・
──お前に、守るものはあるか」
「・・・守る、もの・・・?」
──お前には、まだ分からぬか。
いずれ、分かるときが来る。
自分のそれも。
そして父が、そのために命を張ったことも──
─────
「父上は行ってしまわれた。
・・・良いのですか、母上」
「好きにさせればよい」
「・・・私は、ああはならない」
殺生丸は自分に言い聞かせるかのように行った。
しかし母は鼻で笑う。
「どうだかな」
父に似るなら、これも大馬鹿者だろうな・・・
私と、己の命を投げ出してまで貫きたいものがあるなど・・・
──ただ、私にもあったのだ。
どうしても貫きたくて、守りたくて、見えないところで必死になって大切にしてきたものが。
──紛れもなく、闘牙
それはお前への愛だった。