指先に愛をのせる
春が来たら新芽が芽吹くように。
秋にはその命を終えるように。
私が犬夜叉に出会ったことも、そんな必然だった気がする。
時代が変われば世界は簡単に反転した。
食料を得ることは命を摘み取ること。
私が生きることは誰かが死ぬということ。
そして世界は人間だけではないということ。
半妖を嫌う半妖の彼は、半妖をけなされることを誰よりも嫌った。
「俺は人間でもねぇ。妖怪でもねぇ」
「はみ出しモンだ」
曖昧な同情をすればお前に何がわかると牙を剥かれたこともあった。
でもね、犬夜叉。
私はそんなバカみたいな境界線を知らない女の子をひとり、知っている。
「殺生丸さま、今日は来ないのかなー…」
その子はいつもいつも暇さえあれば空を見上げて。
銀色の髪がたなびく姿を探しているの。
私でさえその姿に畏怖を感じずにはいられないというのに。
その子はいとも容易くその妖の頬に手を伸ばすのよ。
「りんちゃん、」
「かごめさま!」
「また殺生丸を待ってるの?」
「うん、でも今日は来ないみたい」
少し眉を下げるようにして、それでもやんわりと弧を描く目元は慈愛に満ちている。
黒曜石のような大きな瞳は絶大なる信頼が詰まっていた。
「暗くなっちゃうね。そろそろ帰ろうか」
「はあい」
「さっき琥珀くんが来ててね…」
薬草の籠を抱えなおし、とりとめのない言葉を紡ぎながらなんともなしにその子の方に視線を向ければ、微かな希望を込めた瞳が空を彷徨っているのを捉えた。
ああこの子は。
人の生活を一から十まで教えてくれる人間より、
同じ生活を理解してくれる同じ人間より、
なにもかも異なるあの人がいいのね。
「…りんちゃん、もうすぐ満月なのよ」
唐突にそう言えば、漆黒の瞳はきょとりとしてあたしに向けられた。
「その日は村でお祭りがあるんだって。殺生丸が来てくれるといいね」
「…あ、でも、殺生丸さま、人間のお祭りとかあんまり…」
「邪見にね、言ってあるの。お祭りの日はりんちゃんがおめかしできると可愛いだろうなあって」
あたしの言葉を理解しきれない小さな頭は、はてなをぶら下げて横に傾げられた。
その姿に小さく笑って、あたしはこの子がしていたように空を仰いだ。
きっと月が満ちる日になれば、かの銀色の妖は緑色の妖怪に大きな包みを持たせて空を駆けてくるのだろう。
不愛想に、一寸たりとも口角を上げることもなく小さな身体のあの子に風呂敷包みを押し付けて。
その顔が喜びに紅潮して笑みを咲かし、ぴたりとその身を自分に寄せてくるのを抱き寄せることもなく受け入れるのだろう。
いつか彼女が成熟し大人の女と認められる頃には、彼女を手にしようと慕う多くの男の人が現れるかもしれない。
彼女を庇護する妖は、きっとそれを一蹴することもなく、ひたすら冷えた眼差しのままそれを見守るのだと思う。
奪ってその手に収めることはとても簡単だろうけどそれをしないのは、彼にとってはまだまだ幼い彼女のためで。
いずれ殺生丸が与えた『選ぶ権利』と『自由』がりんちゃんの枷になったとしても、りんちゃんにはそれを振り解く強さを持って欲しい。
強く生きる女は種族を超えるのよ。
ねぇ犬夜叉。
無条件に与えられる愛は、とても心地いいとは思わない?
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