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千里1

原作編
千里 りん推定6歳


温かな春の日差しが包む午後、巨大な妖力を匂わせながらも優雅に木に身を預ける大妖と、その傍らをせわしなく動く小妖怪、そしてお構いなしに着物をはだけさせて蝶を追っている幼女という奇妙な一行が大木の下で休息をとっていた。




むろん、二人の妖怪には休息など不要。
ただ、この少女はただのひ弱な人間である。


三日飲まず食わずで歩き通せば足は血だらけ頭は朦朧,有無をいわずに倒れる始末。



長年の共連れから学んだ人の弱さを知っている大妖は、少女からそよぐにおい、熱、呼吸を感じて一言

「邪見」
「はいただいまっ」

という要領で邪見が見つけ出した手頃な木陰で少女を休ませる。




一方少女はというと、暑くとも寒くとも苦しくとも、それを主に伝えることは絶対にしない。

気づいてもらうのを待っているわけではないが、主の流麗な後姿を見ていると、不具合も忘れてしまうのだった。






「ねぇ邪見さま。この蝶の模様、見たことないね!でもあんまりきれいじゃないなあ…」


「知らぬわそんなことっ。お前、そんなに飛び跳ねておると出発の刻には疲れ果ててしまうぞ」




邪見は呆れたように、癖になりつつあるため息をついた。
りんは気にする様子もなく、邪見の頭上に向かって舞う蝶を追って邪見の前でふと立ち止まった。



「あれ、この蝶の模様、邪見さまの額の模様に似てるね。
邪見さまの額にそんな模様があるなんて、りん今まで気づかなかったよ」


「何をとぼけたことをぬかすかっ。だいたいあの蝶は黄色地に赤の斑点模様ではないかっ。
わしはそんなふざけた模様、持ち合わせておらぬっ。わしは生まれつきこの緑じゃ…!」


と、最後は心なしか悲しげに言った。


「でもあるよ!ほら、殺生丸さまも見て!」

りんは邪見の背を押して殺生丸の眼前に立たせた。





(まったくこの娘は…殺生丸さまがわしの皮膚の色などに目をくれるわけなかろうが…ましてや御前に立つなど…
…って見てらっしゃる!殺生丸さまが、この邪見めを!恐ろしやっ)





いつもの緑色の皮膚がさらに青くなった邪見の前で、実際に殺生丸は自分の膝を支えに頬杖を付いて、
横目で邪見を流し見た。






「ほら、ね!なんだろうね、これ」


「知らぬ」



知らぬってそんな、殺生な殺生丸さま…
などと口には決して出せない冗談を思っている邪見の傍で、りんは、あっ、と呟いて殺生丸の膝元に座り込み、そっと殺生丸の頬を支えている右腕に触れた。



もちろん邪見は卒倒寸前。


「おまっ…
そんな汚い手で殺生丸さまの御腕に触れるとはっ…なんというふとどき者かっ」




騒ぐ邪見をよそに、殺生丸はりんが触れている部分を凝視している。




「殺生丸さまにも、同じのがある…」




そう、殺生丸の腕の内側にもあったのだ。
邪見の額と全く同じ、りんのこぶしより一回り小さい位のあの模様が。






「殺生丸さまにも邪見さまにもあるなら、りんにもあるのかなあ」

と呟き、りんはくるくると回って自分の身体の至る所を眺め回した。
しかしながら、その模様が見つかることはなく…


「あれ、りんにはないね…
りんも殺生丸さまとおんなじがよかったのに…」


俯くりんの前で、少し上目遣いの邪見。




「あの…これなんでしょね?殺生丸さま」




「…」





邪見の問いにはやはり答えず、殺生丸は自らの見知らぬ模様を見つめた。





「邪見。冥加を呼んで来い」




「…は、冥加ですか?」





…ということは、あの犬夜叉めのところへ行けと…




気は向かないが、殺生丸の命である。
邪見は阿吽を呼び寄せ空高く飛び、阿吽の鼻を頼りに犬夜叉一向のもとへ向かった。
それっきり殺生丸は再び木にもたれて目を伏せてしまった。


りんも渋々飛び立った邪見を見送り、
すとんと殺生丸の隣に腰を降ろし、足元に咲く白つめ草で花冠を作り始めた。










目をつむってはいるものの、
傍にいるらしいりんの匂いを感じ
口ずさむ細い旋律に耳を傾け、
殺生丸は今まで邪見と旅をしていた頃には考えられない程安らかな気分を感じていた。





りんのほうも、いつもは口うるさい邪見があれこれと言うために
こんなに静かなときを殺生丸と過ごすことはめったにない。


2人の間に、落ち着いた静かな時間が流れていた。




一方邪見は、緩やかな道を歩く犬夜叉たち一行を上空から発見していた。

 

「ん」


小さく犬夜叉の鼻が動く。

 

「どうしました、犬夜叉」


「この匂いは・・・」


上を向くと、突風と共に現れた妖獣と小妖怪。

 


邪見は幾分決まり悪そうに阿吽から飛び降り、一行をキョロキョロと見回した。

 

「なんでい邪見、1人とは珍しいな」

 

一時は犬夜叉の命まで狙った者の従者とはいえ、大人しげに草を食む獣をつれた小さな妖怪である。

特に警戒する必要もなく、ただ邪見の突然の訪問に皆が少し驚いていた。


「ふんっ、きさまなどには用はないわっ!
冥加はおら・・・」

 

いい終わらないうちに、邪見の体はふわりと浮かび上がった。

 


「おぉ邪見、おめぇお偉い殺生丸さまがいねぇくせにそんな口利いていいんかぁ?」

 


犬夜叉に首根っこをつかまれ、ぶんぶん上下に振られ、邪見はガクガク揺れながらどうにか自由になろうともがいている。

 

「ちょ、ちょっと犬夜叉、やめなさいよ」

 

かごめにとめられ、ぱたっと手を離すと、邪見はまさしくぼとっと落ちた。

 

「ふ、ふんっ。
わしだって殺生丸さまの使いくらいするわっ。
・・・それになっ、殺生丸さまはわしの身に何が起きようと大して気にかけてはおらぬっ」

と涙ぐむ。

 

「・・・なんで邪見って殺生丸に仕えてんだろうね」


「仲睦まじくは見えませんね・・・」

 

などと言う弥勒と珊瑚の会話が繰り広げられるさなか、邪見は起き上がりこほんと咳払いして

 

「・・・冥加はおらぬかと聞いておるのじゃ」

「冥伽ぁ?
冥伽になんのようでぃ」


「そんなことはよかろうっ
冥伽はおらんのかっ」

 

早く冥伽を連れてこんと、また殺生丸さまに足蹴にされる…!

 


「冥伽じいちゃんここにはいないわよ」

「なぬっ!?」

 

まさかの事態である。
しかしどうしても冥伽を連れて行かなければ…!

 

「お前ら共に旅をしておるのではないのか?」


「うーん、いつも一緒ってわけじゃないわねぇ。
冥伽じいちゃん、危ないとすぐ逃げちゃうんだもの」


「では冥伽はどこにおるのだっ」

それが人にものを頼む態度か、とくってかかる犬夜叉を宥めながら弥勒が

「もしかしたら刀々斎さまと一緒におられるのではないか?
2人は古くからの御友人でしょう」


刀々斎…
二度手間だったか…


「世話になったな」

 

と邪見は振り向き様に言い、刀々斎のもとへと急ごうとした。

ぶみっっ

 

「おぅ邪見、てめぇなんだって冥伽を捜してんだ?」

 

この感触…
あぁ、やはりこやつは殺生丸さまの弟…

…などと感慨に耽っていてはいけぬ!

 

 

「こりゃっ!足をどけぬか!
きさまらには関係ないと言っておるだろう!」

 


「でもあんた、そのままだと刀々斎のところへ行くまでに倒れるよ」


と、珊瑚が事もなげに言った。

 


これには邪見を始めとする全員がきょとんとした。

 


「どういうこと?」

 


「あたしもよくは知らないんだけどね。
『妖睡蝶』って言って、強い妖力に惹かれるように取り憑いて、その妖力が枯れるまで力を吸い取るらしいんだ。
本当に珍しい妖怪だからあんまり知られていないし、あたしもその退治法を知らない。
邪見、あんたのその額の模様が、妖睡蝶に憑かれてる印だよ」

 

 

皆が邪見の額に注目した。
 

丸く黄色くなった額に赤の斑点が小さくある。

 


「でもその妖睡蝶ってのは、強い妖力を吸うんだろ?
なんで邪見なんだよ」

 

と犬夜叉はいぶかしがる。

 

 

「きっと殺生丸だね。
あの妖力に惹かれてやってきたんだろ。
で、ついでにそばにいた邪見にも印をつけたんだ。」

 

 

「そういえば、殺生丸さまの腕にもこの模様があるとりんのやつが…」

 

 


「あぁ、やっぱりね。
妖睡蝶の本命は、殺生丸だ」

 

 


そんな恐ろしげな妖怪に憑かれていたとは…!
一刻も早く殺生丸さまにお伝えしなければ…

 

 

 


「それで冥加じいちゃんを探してたのね。
ねぇ、犬夜叉。
私たちも一緒に冥加じいちゃんのところに行かない?」

 


「はあぁ?
おれらにそんな暇ねぇだろ!
奈落の居場所を突き止めなきゃなんねーんだ。
そんな余裕あるかっ!」

 

 

「しかし手がかりもないのにさまようのは得策ではないでしょう。
それに、もし殺生丸も邪見も倒れてしまっては、連れのあの少女の行く末が心配です。」

 

 


あぁ、そんなんいたっけな。
と、犬夜叉も思い出した。




 

「ちっ、しょうがねぇなあ…っておいっ!?」

 

すぅっと邪見の目が細くなり、少しよろめいたのち、邪見はその場にぱたりと倒れ込んだ。

 


「もう妖気を吸われ始めてるんだ。
急がなきゃ」

 


そう言うと珊瑚は雲母の背に跨がり、その後ろに弥勒と七宝も続いた。

 

犬夜叉はかごめを背に、邪見を小脇に抱えて走り出した。

 

 


「ねぇ犬夜叉…
さっき邪見の目が倒れる前に一瞬赤くなった気がしたんだけど…
気のせいかな」

 


「さあな。
どっちにしろ冥加のところに行きゃあわかんだろっ」

 

 

一行は犬夜叉の鼻を頼りに、刀々斎のもとへと急いだ。

薄暗い河辺の洞窟。
犬夜叉たちはそこに行き着いた。

 

 

「おう刀々斎ー!!冥加ー!!
いるかー!?」

 

 

ちくっ

 


「あぁ、やはりこの犬一族のお方達の血が1番うまいのじゃ」

 

 

ぱんっ

 

犬夜叉の喉元からひらひらと小さなものが落ちてきた。

 

 


「おう冥加。
やっぱりここにいたか。」

 

「犬夜叉さまからわしを尋ねるなんざ珍しい。
よくないことが起こる前触れですじゃ。
何用ですかな?」

 


「冥加じいちゃん、『妖睡蝶』って知ってる?」

 

 

冥加はぴょいっとかごめの肩に飛び乗った。

 

 

「なにっ、妖睡蝶じゃと?
まさか犬夜叉さまが憑かれたのではあるまいな?」

と眉間にしわを寄せる。

 


かごめは横たわる邪見を指差した。
「犬夜叉じゃなくて、この邪見なの。
多分…殺生丸も」

 

 

「なぬっ!
殺生丸さまが!?」

 

一気に冥加の眉間のシワが濃くなった。

 


「どういう妖怪なの?」


「妖睡蝶は、強い妖力に…」

 

「そこらへんは珊瑚に聞いたぞ」

 

犬夜叉に突っ込まれたので冥加は咳ばらいをし、

「では省略。
妖睡蝶に憑かれると、妖力を吸われる。
しかしそこで死ぬわけではないんじゃ。」

 

どういうこと?とかごめが尋ねる。

 


「妖睡蝶は、取り憑いた妖怪の妖力を吸うと同時に、魔の気を流し込むのじゃ。
たいていの妖怪には意思といいものがあるが、魔の気を入れられると、己の意思をもなくし、妖怪以上にタチの悪いただの化け物へと化す。
そうなれば、そやつは自分が死ぬまで目につくすべてを壊し尽くす。
死ぬまでじゃ」

 


そこにいる全員の背中に嫌な汗が伝う。

じゃあ邪見は…

 

「邪見が気絶したのは、注ぎ込まれる魔の気に抵抗しておるからじゃ。
しかし邪見はもともとそう妖力は多くない。
次に目覚めたときはおそらく…」

 


「どうすればいいの!?」

 

「本体である蝶を見つけだし、その蝶が奪った妖気を戻せばおそらく…
しかし、なにぶん古くて希有な妖怪。
しかも見目は普通の蝶となんら変わらん。
捕まえるのは至難の業じゃ。
この広い地で、一匹の蝶を探すと言うのだからな」

冥加の言う通り、確かにそれは容易くない。

しかし
邪見がこうなっているということは、
殺生丸もすでに危険な状態かもしれない。

そのことが全員の脳裏に浮かんだ。

 


「殺生丸のところへ行かなくちゃ」

「どうやら急いだほうが良さそうですな」

「その間、邪見どうする?」


「わしがみとってやろう」

 

そう言って現れたのは、鉄の小槌をかついだ刀々斎。


「目が覚めて暴れられては困るからなぁ。
眠り薬でも飲ましときゃぁ、大丈夫だろ…って、ちょいと遅かったかな」

 


邪見がむくりと起き上がっていた。

その目は赤く鋭い。


瞬間、邪見が近くにいた雲母に飛び掛かった。


しかし邪悪な顔をしているものの、身体本体は邪見のまま。

ひらりとかわされあっというまに踏み潰された。

 

そのすきを狙って、刀々斎が邪見の口に丸薬を放り込んだ。


雲母の下で暴れていた邪見はすぐにまどろみ、ことんと寝付いた。

 


「こんなもんでいいだろ。
おめぇら急いだほうがいいぜぇ。
殺生丸を助けたいんならな」

 


すぐにも飛び出そうとしていた犬夜叉がぴたりと止まり、振り返った。

 

「あのなぁ、俺は別に殺生丸を助けに行くんじゃねぇぞ。
弥勒があのガキが心配だとか言うし、
ここまで首突っ込んだから仕方なく…」


「はいはい、わかったから早く行きましょ」

 


かごめに急かされて、まだ納得しきっていない顔の犬夜叉だが、
実際ぐずぐずしていられないので
ぶつぶつと文句を呟きながら洞窟から飛び立った。

もちろん片手に嫌がる冥加を握りながら。

 

 

 

 

刀々斎は犬夜叉たちが飛び去った方向を見つめ続けていた。

 

―――殺生丸の妖力は蝶の格好の餌食。
実際、妖睡蝶は隙を狙ってあの殺生丸にとり憑きおった。

今回こそは、あの殺生丸もちぃとやべぇかもな――――
 

 

―――――

優雅に目を閉じてはいるものの、殺生丸も己の妖気の減少を感じていた。

 

 

…ふん…何者か知らんが…この殺生丸に取り憑くとは命知らずな…

おおかた妖気を吸う妖怪か

他の妖気を吸わねば生きられぬなど…愚かな。

 

 

などと心の中で強がるものの、妖気の減少とともに自らの中に入り込む何かがあると感じた。

 

心がざわつく。
血が騒ぐ。

 

抵抗しようとすればするほど、まるでそれをあざ笑うかのように、身体の中の何かが妖気を吸う。

 


殺生丸はちらりとりんを見た。

 

 


自分で作った花冠を殺生丸にあげると言い張るが受け取ってもらえないとわかっているため、それを殺生丸の膝に乗せて満足したのか、りんは何かが切れたかのようにことりと殺生丸の身体に頭をもたげ、眠りについた。

 

唯一ある右手でそっとりんの髪をすいてみる。

 

りんは殺生丸の髪が白銀で細く綺麗だというが、殺生丸はりんの髪が漆黒で太く良い髪だと思っていた。

 

 

毛先のはねに沿って指を滑らす。

 

 


そのとき、ざわっと全身の毛が泡立つのを感じた。

 

 


…なんだ、これは…

 

 


己の危険というより、なぜかりんの危険を感じてりんの頭から手を引いた。

 感じたのは、恐怖。


それはすでに未知の感情ではなかった。


今まで何度味わっただろう。

りんがさらわれた。
りんが怪我をした。
りんが熱を出した。


しかし今回はそれ以上の恐怖だった。


己のこの爪が、りんの肉を裂き、血を吸いたがっている。


この安らかな寝顔に覚える安堵と共に全身を駆け巡る、この血の冷たさ。

 


引きはがすようにりんの寝顔から視線を外し、りんの頭を撫でたその右手の爪を重力に預けるように地面に食い込ませた。

 


足りない。
足りない。
土ではない。
柔肌を裂き、断末魔の叫びを聞きたい。

 

 

 

身体の芯から聞こえる声を無視して爪を食い込ませ続けたその部分は、殺生丸の爪の毒により、すでにそこで生命が育まれることは不可能な状態になっていた。

 

 

 

 

つと、殺生丸は顔を上げた。
気分良くない匂いに気付いたのだった。

案の定、目の前の森を飛び越えて犬夜叉一行が上空からやってきた。


「このような日に物騒な顔をして何の用だ。」

 

殺生丸は身体を一寸なりとも動かさない。

 


一方犬夜叉一行は目の前に広がる光景に目を疑った。

 


(殺生丸の奴…人間のガキを連れ歩いてること自体おかしいとは思っていたが…
ましてや身体に触れさせるなんて…どうしちまったんだ)


(なーんか殺生丸とりんちゃん、いい雰囲気だったんじゃないのー…?)

 

 

 


しばらくぽかんと口をあけて佇んでいた犬夜叉だったが、用件を思い出した。

「殺生丸、お前冥加じじいを探してたんだろ?
連れてきてやったぜ」

 

そう言ってぶんっと殺生丸に向かって、握っていた冥加を投げとばした。

 


無残にも投げ飛ばされた冥加は殺生丸の目の前に着地し、転がった。

 

 


…なんか、動いたら殺される気がする…


そう思って投げられた状態のまま地面を転がり続ける冥加をちらりと見て、殺生丸は顔色一つ変えない。

 


「邪見はどうした」

 

 

「邪見は、あなたにも取りつかれていると思われる妖怪のせいで倒れました。
今は刀々斎のもとで眠っていますよ。」

 

 

…妖気を吸われたのか

 

 

なるほどと納得した殺生丸は、細かく話せと促すように冥加を見た。

 


その時冥加は、弥勒が殺生丸に話しかけているすきに、目の前で寝ているりんがどうしてもおいしそうでならず、
我慢できずに飛びついて血を吸っていた。

 

ぱちんっ

 


りんが自分のほほをたたいて、んん~とのびをしてあたりを見渡した。

 

 


「あれっなんか人がたくさん…
あの人たち…犬夜叉さま?」

 

 

 

ひらひらとつぶれた冥加は地面に降り、ぴょーんと飛んで殺生丸の眼下に立った。

 

りんはいまいち状況が飲み込めない。

「殺生丸さま、あなた様の御身体に妖怪が取りついておられるのはご存じですな?
そしてこの冥加に説明を、と…

その妖怪は、妖睡蝶と申しまする。
あなた様もお感じになっておられるでしょうが、それは妖怪の妖気を吸いますのじゃ。

おかげで妖気がもともと多くはない邪見は倒れたのですじゃ。
あなた様も例外ではありませぬ」

 


冥加がそうういっても殺生丸は微動だにせず、

 

 

「小妖怪ごときにこの殺生丸の妖気を吸いつくせると思うのか」

 


「それが殺生丸さま、できますのじゃ。
妖睡蝶はこの世に数十匹しか存在しませぬ。
それでも生きながらえることができますのは、一匹の蝶が奪う妖気をすべての蝶で分けるからなのですじゃ。
それゆえ、妖睡蝶は古代何千年も前、あなた様の御父上がお生まれになる以前から同じ蝶が生きていますのじゃ。

他にも妖怪の妖気を吸い取る妖怪は多くいるでしょうが、たいていのものはあなた様ほどの妖気はすべて吸い取ることができず、自らの体を滅ぼす。
しかし妖睡蝶となると話は別ですじゃ。
尽きることなく妖気を吸われてしまわれます。」

 

 


殺生丸は黙って聞いていたが、その横でりんは少なからず驚いていた。

 


殺生丸さま、ご病気なの?
妖怪が憑いてるの?
もしかして邪見さまも?
あの模様のせい?
りんが無事だったのは人間だから?

 

 

 


「…どうすれば払える」

懊悩するりんの傍らで、殺生丸も顔をしかめた。



「おそらく、あなた様に取り付いた蝶そのものから奪われた妖気を注ぎ直せば…
しかしそれは、山から一枚の木の葉を見つけるようなもの。
困難を極めますじゃ。
北国に多く生息するという手がかりはありますが…」

 

 


「それだけ聞けば十分だ」

 

 

そう言って殺生丸は顔をあげ、立ち上がろうとした。

 

 


「なりませぬ!殺生丸さま!
まだ話は終わっておりませぬ!

妖睡蝶は妖気を吸った代わりに、"魔の気"なるものをその身体に注ぎますのじゃ。
それに満たされると、殺生丸さまは殺生丸さまではなくなる。
ただ自分以外を死ぬまで殺し続ける化け物になり下がってしまいますのじゃ!

しかも、もうそれは十分なほどあなた様の身体に広がっておりまする。
殺生丸さまのお力ゆえ、抑えられておるようですが…そろそろお辛くなってきたのではないでしょうか」

 

 

「…何が言いたい」

 

 

「ですから、殺生丸さま、邪見と同じく眠っておってくだされ。
そうすれば、他のものが蝶を探すあいだは何事もない」

 

 

冥加は必死になって言った。

 

 


「…くだらん。
己のことは貴様らには関係な…」

 

 

 

そのとき、今までで一番強く、殺生丸の心臓が強く脈打った。

…これか。

 

 

 

「…りん、離れろ」

 

「…え?」


りんはきょとんとして殺生丸に向き直る。

 

 

「離れろと言っているのだ。
向こうへ行け」

 

 

 


いつもなら迷わず殺生丸の指示に従うりんだが、今回は迷った。

 

殺生丸は片膝をつき、俯いている。
美しい髪はざわざわと揺れ動き、その手は地を強く握っていた。

 

 


「…何度も言わせるな。
……離れろ!」

 

 


そう叫んだかと思うと、殺生丸は青白い光に包まれて見えなくなり、空高く浮かんだ。

 

その隙に、かごめがりんの手をとってこちらにひっぱってきた。

 

 

 


強い衝撃により地面が揺れ、土埃がたつ。

 

 

そこにいる全員が目を閉じ、次に開いたとき見えたものは、大きくも美しい殺生丸の本来の姿。

 

その妖は空を仰ぎ、高く吠えた。

「お前ら後ろ下がってろ!」


犬夜叉はそう叫ぶと、腰の鉄砕牙を抜いて構えた。

 

 

「殺生…丸…さま…?」


「りんちゃん、危ないから後ろさがって」

 


呆然とするりんの肩を支えて、かごめはりんを安全な木の幹の後ろへと導いた。

 

 

 

 

 

殺生丸は焦った。
いつもは少しの妖力で人の姿を保つことができたが、すでにその妖力を保つこともできない。

しかしこれは本来の姿。
人の姿でなくとも、殺生丸自身なんら困ることはい。


ただ…


らしくないとわかってはいるが、気にかかるのは…

 

…りん…

 

 


殺生丸さまが、りんに離れろと言った。

いつものりんなら、ちゃんということきけるのに。

さっきはなんだかきけなかった。

殺生丸さまのそばを離れたくなかった。


殺生丸さまは白い光に包まれて、いなくなった。


目の前には…お狗(いぬ)さま?


それはとてもとても大きくて、
真っ赤な目をしていた。

左の前足だけが、ぷつんと途切れたようになかった。


その毛の色は、殺生丸さまの髪と同じ、銀色。

やっぱりおでこには青いお月様。

 

その姿は、そう、なんだか、とても綺麗で…

 

 

あぁ、殺生丸さまだ。

そう思った。


…殺生丸の奴、まだ俺達を襲ってこないということは、まだ意思があるのか…?

 


凛と佇み、空を見上げる殺生丸を見て、犬夜叉は思った。

 

 

 

 

 

りんに己の本来の姿を見せたことはない。

見せる必要もないと思っていたが、りんはいざ犬の姿の自分を見て、何を思うか…

 

 


思わず木の陰に潜んでいるりんを見た。


立ちすくみ、真摯な目で己を見ていた。

 


何を思う。
…怯えているのか。

 


今の殺生丸には、見知らぬ妖怪に怯える人の子にしか見えなかった。

 

 

…所詮、人の子。
人らしからぬ妖の姿の己に恐怖を抱くのは、至極当然のこと。

だが…

それだけでは納得のいかない感情が、殺生丸の中に渦巻いていた。


殺生丸の理性を失わせるには十分なほど。

 

 


突然、目の前の大狗は吠え猛った。

 

 

「いかんっ!殺生丸さまの意識が薄れておるっ!
犬夜叉さまっ。わしを殺生丸さまのもとへ御連れ下されっ。
わしの口から眠り薬を注入するんですじゃ!」

 

 


「ちっ」

 

 

犬夜叉は鉄砕牙を持たない左手で冥加を掴むと、殺生丸のもとへ走り寄った。

 

 

「おい殺生丸!
お前ちょっと眠ってな!」

 

そう叫んで大きく飛び上がり、殺生丸の頭上に飛び乗ろうとする。


しかし大きく頭を振られ、いともたやすく振り払われてしまった。

 

「犬夜叉さま!それでは近づけませぬっ」

 


「わかってるようるせぇな!
ちょっと黙ってろ!」

 

犬夜叉はそう叫びながらも、どうすりゃいいんだ、と少し離れたところで思案していた。


するとふと、犬夜叉の眼の端に市松模様がちらりと見えた。

 

その着物の少女は、ふらりと大妖のもとへ歩んでいる。

 

 


「りんちゃん!行っちゃだめよ!」

 

かごめがそう叫び、りんを連れ戻そうと手を引くが、りんはそれを振り払い走りだした。

 


「りんちゃん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 


殺生丸さまが、りんを見た気がした。

少し、少しのあいだだけだけど、
すごくすごく、悲しそうな眼だった。

 


いかなくちゃ。

 

 

そう思ったら、足は勝手に交互に動いた。

 

 

殺生丸さまのほうへ走ったら、殺生丸さまがりんを見てた。

 

 

"りん、来るな"

 

 

どこかから殺生丸さまの声が聞こえた気がした。

 


どこから聞こえたのか確かめる間もなく、りんは殺生丸さまの片方の前足で払われて宙を飛んでいた。


痛いとは思わなかった。

それより殺生丸さまがどうしちゃったのか、それだけが怖かった。

 

 

 

 


「雲母!!」


珊瑚が叫ぶとほぼ同時に雲母が飛び出し、宙を飛ぶりんをくわえた。


地に降りた雲母とりんを皆が囲む。


「気を失っているだけですな。
直接足に当たったわけではないようです。
すぐに目を覚ますでしょう」


弥勒がりんの肩を抱き起こして確かめた。


「…よかった…
でもどうしちゃったのかしら。
突然走ってっちゃって…」


「さぁ…
しかしおそらく、この子は殺生丸の本来の姿を初めてみたのでは…?
という私も初めてですが…
ものすごい妖気…のはずなんですが…まったく妖気が感じられませんね…
それほどまで、もう妖力が残っていないということでしょう。
完全に妖力を吸われては後がない…
急がねばなりません」

 


皆は再び殺生丸に向き直った。

殺生丸はというと、乳白色の牙を剥き出し赤い目を吊り上げて、空を睨んでいる。

暗闇と目の前の景色が交差する。

わけのわからぬ小妖怪に、この殺生丸の力を越えられるものか。

 


しかしすでに殺生丸の意思を留めているのは、その自尊心と執着だけだった。

 

そんな殺生丸を嘲笑うかのように、何者かが殺生丸の意識を暗闇に引きずり込む。

 

しかし一瞬見えた視界に映ったのは、弥勒たちに抱き起こされるりんの姿。

 

 

 

 

 

 

…私が―――

 

どうしようもない痛みが殺生丸の胸を突き抜けた。

 

その痛みを還元するように、傍らに植わっていた木に己の牙を食い込ませ、かみ砕いた。

 

どろりと、殺生丸の障気に溶かされた物質が口から流れ落ちる。

 

 


はたから見ている犬夜叉たちも、どうすることもできず、腕をこまねいていた。


りんはぎゅっと目を瞑った。

…殺生丸さま…

 

「かごめさま。
…りんが行きます」

「…何言ってるの!?
怪我したらどうするの!?」

「うん…
でもなんだか、大丈夫な気がするの。
さっきは思わず走って行っちゃったけど…
殺生丸さまは、いっつもりんのこと待っててくれるもの」

 

りんはとても真摯な目でそう言った。

 

…この子…

 

「任せてみましょう」


弥勒がかごめの肩に手を置いた。

「危なければ犬夜叉がとっさに助けますよ」


「…ありがとう。
行くね」

 

りんは不安げな冥加を肩に乗せて、殺生丸にゆっくりと歩み寄った。

 


・・・来るな、来るな・・・


またもや、先ほどの声がりんの頭に響く。

その声の主が誰であるかは、教えられなくともりんはもう分かっていた。


・・・殺生丸さま。
大丈夫。
りんは大丈夫。
殺生丸さまがいれば、大丈夫・・・

 

 

りんと大犬は、目を合わせたまま少しずつその距離を縮めていった。

殺生丸の体内では、相変わらずも得体の知れぬ何かがうごめいていたが、もうそれを押さえつける必要はなかった。

 

・・・りん・・・

 

りんは殺生丸の足元まで来ていた。

さわりと、その銀の毛に触れた。

 


「・・・すごく綺麗。
殺生丸さまの髪の毛とおんなじ。
やっぱり、殺生丸さまだね」

 

そう言って、いつものように、ぽふっと顔をそれに埋めた。

 

 

 

・・・りん・・・
・・・りん。


ふいに殺生丸の意識は遠のき、その瞬間自分が人型に戻るのが分かった。

殺生丸はりんに右腕を抱きしめられたまま、眠りについた。



「まったく、手こずらせてくれたぜ」


犬夜叉たちは、りんと眠った殺生丸を連れて刀々斎のもとへ帰った。

邪見の隣に殺生丸を横たえた。


「りんも疲れて眠ってしもうたのぉ」

「それにしても、この子・・・すごいね。
殺生丸を手なづけちゃってるよ」

「・・・珊瑚ちゃん・・・
手なづけてるってのは、ちょっと違う気が・・・」

「しかし一刻も早く、妖の本体を突き止めねばなりません。
その間、りんも刀々斎さまに預かっていただきましょう」

 

全員の視線がりんに注がれる。

りんは、その腕を殺生丸の右腕に絡みつけたまま、眠り込んでいた。


「じゃぁ、今日はもう夜遅いから、明日の朝出発だね。
そろそろ寝ようか」


背中が痛いだの文句を言いながら、犬夜叉一行は刀々斎の洞穴で眠りについた。

 

 

───その夜、りんはふと目を覚ました。
あたりは闇と静寂に包まれていて、瞼を閉じてもあけても暗闇しか見えない。
しかしそのうち目が慣れてきたのか、うっすらと暗がりの中で眠る犬夜叉たちが見えた。

はたと、自分が何かを抱きしめていることに気付いた。

あ、殺生丸さまの足・・・じゃなかった。
腕、ずっと持ってたんだ・・・

いつもより近くで眺めるその顔は、暗闇がいっそうその白さを際立たせていた。

 

・・・殺生丸さま・・・
だいじょうぶなのかな。
・・・いなくなんか、ならないよね・・・

・・・りんも、探しに行こう。
・・・蝶々なんだよね。
殺生丸さまと邪見さまの模様の蝶々、どこにいるかなんてわからないけど・・・りんが絶対見つける。
りんが殺生丸さまと邪見さまを助けるんだから!


りんはそっと殺生丸から腕をを抜き取り、お守りに、と殺生丸のはずされた細い腰紐を抜き取って、袂にしまいこんだ。

・・・行ってくるね。


りんはそっと洞穴を抜け出して、どこに行くべきかも定まらないのに、動く足に任せて歩き出した。

 

千里2

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