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悪戯

いつくらい昔のことであったろうか。

あのころわしは生涯このお方についていこうと心に決め、長い旅路をこの主と共にしてきた。

どれほど無碍(むげ)にされようと、いくら虐げられようと、わしが殺生丸さまにいただいた御恩は雲よりも高く、この命、殺生丸さまに捧げたも同然じゃとさえ思っている。

強くて、お美しく、気高く、そして冷たい殺生丸さま。

だからこそ、そのようなお方が、人間を、しかも手のかかる小娘を連れ歩くようになられたのには、心底度肝を抜かれた。

殺生丸さまは老体のわしにりんの世話をさせ、わしはいつの間にか殺生丸さまの従者と言うよりりんの子守となっていた。

 

しかしまぁそこまではよい。

はじめはうるさくて小ざかしい奴じゃったが、いつしかわしも素直で愛らしいりんを、孫がいたらこんな風なのじゃろうかなどと思うようになっていた。

 

・・・じゃが、まさか殺生丸さまが・・・殺生丸さまがりんを連れて国に落ち着きなさり、し、しかもりんを正妻としてしまうとは!


・・・あぁ、今思い起こしてもくらくらするわい。

・・・いや、事が起こる前から殺生丸さまがりんに特別な気を懸けていることは、いくらわしでもわかっておった。

りんのほうが殺生丸さまに恋慕の思いを抱いておることも。

 


・・・じゃが、いくらなんでも種族が違いすぎる。

これにはさすがの殺生丸さまも頭を悩ませたに違いない。

 

 

しかし、本当はあのお方は何にもお悩みになられてなどいなかったのかもしれない。

まるでそれが必然であるかのように、殺生丸さまは手を回し、りんを揺るがぬ位置につけた。

・・・もしかすると、ご母堂様のご支援があったのかも知れぬ。

まさかこの目で殺生丸さまの御祝言を見ることが叶うとは・・・
りんも田舎娘とは思えぬほど美しい容で・・・

って泣いていても仕方ない。


とにかく、お二人は夫婦となったわけじゃ。


りんは中宮であるにもかかわらず、せわしく動き回り、また、しっかり妻としての役目も果たしているようじゃった。

殺生丸さまのほうも、政務を淡々とこなし、相変わらずわしは足蹴にされておるが、殺生丸さまのその仕事ぶりに、かつてりんとの祝い事に口うるさくしていた一族の古い輩も閉口するしかなかったようじゃ。


そして、二人が夫婦となって一年が過ぎようとしていた。

 

 

 

 

 

―――何層にも重なった足音がせわしく耳に立つ。

刀を握るためだったはずの手のひらが、今はいやな汗を握っていた。

隣で縮こまっている邪見が、時たまのどを引きつらせたような音を出す。
鬱陶しかったが、それを気にかける心の余裕さえなかった。
ぴんと張り詰めた空気が痛いくらいだ。


―――そのとき、向かいの東屋から新しい命の匂いが届いた―――

 

 

 

 

 

 


まったく、あのときの殺生丸さまといったら。

お子は、推古が取り上げたらしい。
りんはお産で息も絶え絶えになったようで、安静を要するといわれ、りんのもとへ我先にと行こうとしていた殺生丸さまでさえ、助産師たちに制されていた。

殺生丸さまはりんのことを気にかけすぎていて、ややさまのことを忘れていたらしい。

推古が産湯から出たばかりのお子を殺生丸さまに手渡した。

殺生丸さまは腕の中のお子をいつものような感情のないお顔で眺めていらっしゃった。

このようなときくらい、泣いて喜べばいいものを・・・!

・・・いやいや。


殺生丸さまはお立ちになったままお子をご覧になっておるので、わしからはややさまのお顔どころか指さえ見えん。

拝見を請うわしの声はもちろん届いておらんかった。

 

するとややさまは小さく赤い手を伸ばし、殺生丸さまの美しい髪を握り締められた。

そのとき、わしは殺生丸さまがりん以外のものにあのようなお顔をされるのを初めて見たのじゃった。



わしが始めてややさまを拝見したときは、目を疑った。

むしろ泣いて喜んだものじゃった。


薄く御頭に映えた黒い髪と、すこしつってはおるが愛らしく丸い瞳。

お子はりんに瓜二つじゃった。

 


これにはさすがの殺生丸さまもさぞお喜びになるだろうと思っておったが、存外あのお方は淡白であった。

 


りんは徐々にではあるが体力を取り戻し、子をあやしては母の顔をする。

殺生丸さまはそんなりんを見ては、微かであるが喜んだお顔をなさった・・・様な気がせんでもない。

 


・・・あぁ、これで屋敷は花が咲いたようになるじゃろう・・・


すっかり安泰気分のわしは思い込んでおったのじゃ。

お子は当然、顔だけでなくすべてがりんそっくりであろうと。

・・・しかし・・・

 

 

 

 

 

――――
「なぬっ!?また結緋(ゆうひ)さまがいない!?」

邪見は下から困り顔の従者を怒鳴りつけた。


「はぁ・・・すこし目を離したすきに・・・」

「はよ探さんかっ!」


まだ六つといえど、半分はこの国の首である大妖の血が流れている。
そのような者が安易にふらついていてはたまったものではない。

邪見はなぜいつもという思いを抱きつつも、額に汗して屋敷を探し回った。


「あら邪見、楽しそうね」


ふと気付けば、探していた姫は屋敷の梁の上に器用に座っている。
手には大輪の秋桜が数輪。


「ゆ、結緋さまっ!またそんな危ないところに・・・!」

邪見の言葉をあしらうかのように、少女は空気のように軽く地へと飛び降りた。

一瞬宙に浮いたかのように見えるが、そんなはずはない。
この少女は飛ぶことはできないのだから。


結緋は肩まで伸びた黒髪を靡かせて、自慢げに腕の中の花束を見せた。


「秋桜」

「・・・は、はぁ・・・お綺麗ですが・・・」

少女の意図することがわからずに、邪見はまた種類の違う汗を流した。

「持って」

腕に預けられた秋桜は邪見には多すぎて、足元がふらつく。
結緋は構わず邪見に押し付けた。

少女のすこし尖った耳が小さく動いた。


少女は背中の障子が開くと同時に振り返った。

「母上!邪見が秋桜を摘んじゃったの!」

邪見は状況を呑み込めず、ふらふらしながら花々を支えている。

 


上からやわらかく、しかし厳しい声が降ってきた。


「あぁ!邪見さま、秋桜は寒いところに咲くんだから屋敷の中じゃ可哀想よ!
せっかく私が日のあたる涼しいところに移し変えたのに・・・」


「え・・・?い、いや、これはわしじゃなくて・・・」

冷たい汗が背筋を伝うのを感じながら、邪見は黄色い目を母の足に纏う少女へと向けた。

整った顔は無情にも邪見と目を合わそうとはせず、小さく舌を出した。

 

「あぁ~!根元からじゃなくて途中から折っちゃったの?
これじゃぁ植え直しもできないじゃない・・・」

 

りんの失望した顔に、邪見は己の危機を感じた。

 

・・・まずい


そう思うよりも早く、邪見の危機の根源はすでに来ていた。

 

 

「せっ・・・殺生丸さまっ・・・」

 

 

 

りんがしょぼくれている。
視線は秋桜。
それを持つ邪見。

殺生丸が邪見を張り倒す理由は充分なほどそろっていた。

 

しかし殺生丸の視線は邪見ではなく、小さな少女へと向けられていた。

 


「結緋」

少女は母の着物のすそへと身を隠した。

「殺生丸さま?」

りんの問いを聞き流し、殺生丸は己の子の後襟をつかみ引き上げた。

「ちょっ・・・殺生丸さま!?」

 

離してとわめく少女を宙ぶらりんにして、殺生丸は顔色一つ変えぬまま問い詰めた。


「庭を直せ」


少女の細い眉は一気に皺を集める。


「どうして結緋がそんなことしなきゃいけないの?
悪いのは邪見でしょ!?」


「・・・お前の匂いが庭に残っている」

 

 


形勢逆転。

邪見は殺生丸の着物の裾に隠れ、愛らしくも悪き少女をのぞき見た。

 

 

妻の花を汚す者は我が子であろうと許さない。

殺生丸の瞳は結緋から非難の言葉も出させなかった。


「・・・直す!直すから下ろして父上!」


ぱたりと手が離され、自由の身となった少女は綺麗に降り立った。


あなたがやったの?と目を丸くする母を見ないように父の脇を通り抜けてから、結緋は思い出したかのように振り返った。


「じゃあ父上は潰しちゃった母上の畑、戻したんだ?」


眉をひそめる父と、それに詰問する母の声を後ろに聞きながら、少女は颯爽と屋敷を飛び出した。









まったく、結緋さまは大きくなられるにつれて、ますます手がつけられんようになった。

いや、わしだけの話ではない。

父である殺生丸さまも、閉口しておられるようじゃった。

目を細めて口元に手をやって思案なさるお姿は・・・そう、まるでかのお方の母、ご母堂様のようであった・・・

 

 

 

 

 


また結緋は外へでも遊びに行ったのであろうか、屋敷はしんと静まり返っていた。

清涼殿とも取れる場所の一室で、りんと殺生丸は久しく二人になった。


そのためかすこし気恥ずかしげに、しかし近頃よりくだけたように話しかけた。

「殺生丸さま、すこし顔色がよくないね」


りんの言葉に、疲れに似た感覚が殺生丸の肩に重くのしかかった。


「困ったものだ」

「・・・結緋のこと?・・・すこしおてんばね」


「・・・あれは・・・母に似ている」

「ご母堂さま?」

 

りんにとって義母は、気高く美しくそして殺生丸のような包容力を持つ、すばらしい妖怪(ひと)だ。

そのような者に自分の娘が似ていると言われるなど、本望である。


「優しいお方だものね」

 

殺生丸はますます肩を落とした。


りんはやはりわかっていない。
母がどれほどこの息子をいたぶり、その妻を愛でているかを。

 


殺生丸はりんの細い腰に手を回し、引き寄せた。

突然顔の近くに寄った厚い胸板に、りんの鼓動は高鳴った。
これも久しぶりの感覚である。


「疲れているのは私だけではないだろう」

「えっ・・・りんは別に・・・」


りんの言葉を無視して、背中に回した手を下へと滑らす。

触れられたところが熱い。

 

殺生丸は、りんの潤んだ瞳に引き寄せられるかのように唇を近づけた。

 



「母上―――!!」

 

荒々しい足音共に、襖が乱雑に開いた。


「来て!蛹が繭を破ってるの!蝶々になるんでしょう?早く早く!!」

 

慌てて顔を離したりんと殺生丸の間を割るようにして、結緋はりんの腕をとった。

向こうから息を切らして走る邪見がいる。
おおかたまた邪見を撒いて来たのだろう。


「ゆっ結緋!はしたないでしょう!」

「ごめんなさい、でも早くしないと蝶々になっちゃうよ!
・・・でも母上、お顔が赤いけど大丈夫?」

 

ぱっと頬に手をやった。


「なっ・・・なんでもありません!」


「なら早く!」


結緋にせかされるがままりんが歩を進めたそのとき、何かにそれを阻まれた。

 

「行かぬ」


りんの手をつかみ、りんの代わりにそう答えた。


いつかのように再び結緋の後ろ襟をつかみ、部屋の外へと放り出した。
目を剥く邪見がちらりと見えた。


「父上!?」


目を丸くする結緋の眼前で、戸は固く音を立てて閉まった。


開けようと手をかけるが、それは堅固にして開かない。


「ずるいっ父上!!結界なんて!」

 

 

結界に守られた部屋の中で、殺生丸はりんを抱き寄せた。


「殺生丸さま、なんで」

「・・・たまには私の相手をしろ」


そのまま閨へと運ぶ。


「せっ殺生丸さま・・・!まだ夕刻・・・」

「夜はあれと寝るだろう」


その通り、夜になれば必ず結緋がりんの布団へともぐりこむ。

 

 

 

 


いつの間にか、孵化が終わるとわめく結緋の声も聞こえなくなっていた。

 


今両親が何をしているのか、結緋が分からなくてよかった・・・などと考えていたりんも、次第に体が熱を帯びてきた。


殺生丸は久しぶりのりんの匂いに軽く中毒を覚えながら、貪るように肌を重ねた。

 

 

 

 

 

─────

「・・・ねぇ邪見、父上たち今何してるの?どうして結緋は入れないの?」


「さっ・・・さぁ・・・判りかねますが・・・」

若干目を泳がせて答える邪見を、結緋は不審げに眺めた。

 

 

 

(・・・殺生丸さま・・・なにも息女の目の前で・・・)

 

殺生丸の短気に、邪見はますます先が思いやられた。

 

 

 

 

・・・いつか絶対この結界を破って母上を取りかえしてやる・・・!


幼ながらに母の奪還をもくろむ結緋であった。


 

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