黄昏時の人
※遥双葉様への捧げ物です。
遥双葉様のみ持ち帰り可でございます。
重すぎて落ちてくるのではないかと杞憂するほどの大きな天道が、辺りを赤く染めていた。
ここにいろと言われて、どれくらい経ただろう。
まだ幾日もしていない。
しかし近頃にないほどの遅帰りだった。
阿吽が親しげに頭を摺り寄せてくる。
硬い鱗に手のひらを滑らすと、満足げに妖獣は目を細めた。
邪見が置いていった厚手の衣を肩に掛け、はあと息を吐いた。
濃く白い靄が現れて、薄く伸びて消えてゆく。
寂しくない、と言えば嘘になる。
不安か、と聞かれたら自信を持って首を横に振る。
帰りを待つことなど、苦でもなんでもない。
日が経つにつれて積もりゆく寂しさも、いつかいつかと帰ってくる愛しき姿を思い浮かべれば、憂いものではなかった。
地に円をいくつも描いた。
「これが、阿吽ね。首がふたつあるでしょ。
これが、邪見さま。一番小さいの。
それから、これがりん。
その隣が、殺生丸さま」
あどけない指先でなぞったそれは、いびつな曲線を描いていたが、なんとなく上手なのではないかという気がしていた。
「殺生丸さまのおでこには、細いお月様が一つ」
描かれたものの上に、ぽつりと小さな丸が新たに現れた。
それはじんわりと地面に溶け込んだ。
かと思うと再びそれは上から落ちてくる。
ぽつりぽつりと数が増えては消え、やがてりんが描いたものは無数の水滴によって姿を消してしまった。
積もり積もった寂しさが溢れると涙になるのだと、初めて知った。
さくり、と軽い音がする。
また一滴ぽつり、と涙が落ちた。
再びさくり、と聞こえる。
小さく鼻をすすって、顔を上げた。
細長い影が見える。
さくり
地を踏みしめる柔らかな音がやけに大きく聞こえた。
影の背後にある光が大きすぎて、よく見えない。
――誰そ彼と問いしわが身を思いしや
赤き陽に照る君待つ我を――
いつぞやに聞いた歌が頭を巡った。
ゆっくりと大きくなる影はやがて人型をなし、穏やかな風にその髪を運ばせていた。
「りん」
響く声がじんじんと熱くなって身体に広がる。
知らぬ間に足は駆け出す。
精一杯伸ばした腕を回したその身体は、黄昏の太陽に照らされて、緋色に輝いていた。
※遥双葉様に捧げます。
雪白草二周年おめでとうございます!
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