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翡翠


―――近頃、りんが。

 

 

「殺生丸さま、どこか行くの?」

「…なぜわかった」

ふふ、と柔らかく笑う。

「なんとなく」

 

おかしいのだ。どこか。

 

 


「殺生丸さま、さむい?」


「…何故」


りんは上弦の月を見上げて口角をあげた。
月光に照らされた顔は白い。

「今夜は風が冷たいもんね」

…お前が寒いのではないか


「あ、りんは別に寒くないよ。ただなんとなく、殺生丸さまは寒くないのかなーって」

 


気味が悪いほど。

 

「…お前、何故…」

「え?」

口に出しかけたが、やめた。


「いや、いい」

「変なのー」


ころころと鈴を鳴らすような声が己を包む。
その心地よさに、つい目を閉じて聞き入ってしまった。
声の余韻さえも。

 

「えっ」

突然りんが声をあげた。

りんは大きな黒い瞳はさらに大きく。


「なんだ」


慌てて首を振る。


「ううん、なんにもっ」

 

…何故顔が赤い。


りんが奇妙なそぶりを見せるようになったのは、先月の大潮――満月の刻。

りんが眠りにつき、つられて邪見も船を漕ぎ出したころ、1人外へ出てみた。
行く当てなどない。
夜の匂いが好きだった。


二匹が眠る洞窟に戻り、異変に気づいた。
見たところ何の代わりもない。
少しりんのほほが高潮しているようにも見えるが。

気になったのは、匂い。
少し湿った草の匂いも、かび臭い土の匂いも、先ほどあったはずのものがかき消されたかのように消えている。


――何があった。

考えている間に日は昇り、りんが日の光に照らされて目を覚ました。
第一声に腹が減ったと訴えたため、特にそれについてそれ以上気には留めなかった。

しかし、突き止めておくべきであった。

こちらを見ては驚いたり、ほほを染めたり、まったく持って気味が悪い。

 

 


殺生丸は意識とは別にりんを長く見つめた。

りんはせっせと白つめ草を摘んでは繋げる作業を続けている。

そのとき、りんの胸元で何かが太陽の光をこちらへ届けた。

――あれは・・・


「りん」
低く通る声で呼ぶと、それは子犬のように瞳を丸めてかけてくる。
尾があれば間違いなくちぎれんばかりに振るだろう。


「はいっ!なあに?」

「それはなんだ」

視線はりんの胸元、着物の奥に注がれている。

「あっ・・・!」

条件反射でおもわずそれを自らの手で着物の上から覆った。

「なんだと聞いている」

「これは・・・その・・・」


もじもじと言いよどむが、殺生丸の射抜くような視線に耐えかね、首からそれを取り外した。

細い紐でつながれたそれは、翡翠色に光る小石。

殺生丸はそれを受け取った。

顔の近くに寄せる。

――妖気はせんな・・・


「これをどうした」

「えっと・・・もらったの・・・」

「誰に」

「・・・ご母堂様」

 


思わず石を取り落としそうになった。

なんということ。
あやつはりんに餌付けでもする気か。
 


しかし動揺は顔に出ないのが常。

「・・・何故」


「少し前のお月様が綺麗な日、夜ね、なんだか風が吹いたから目を開けたら殺生丸さまがいなくて・・・そしたら洞窟の入り口あたりに長い髪の人がいたから、殺生丸さまだと思って・・・」


それでその人影に近づいた。
しかしそれは殺生丸ではなく、その母。

「殺生丸はおらんのか」

「あっ・・・えーっと・・・御母、堂・・・さま・・・?」

「久しいな、娘」

美しい妖怪は妖艶な顔で微笑んだ。


「殺生丸さまは・・・どっかいっちゃってるみたい、です」


「なんだ、せっかく母が顔を見に尋ねたというのに。ほんに愛想のないやつよ」


真夜中に訪ねる方もどうかと思うが。


「まぁよい。ところで、殺生丸は優しいか?」

「うん!すっごく!」

少女はためらいもなく答える。

「ほお・・・想像つかんがな。
あやつは笑うのか」

「うーん、あんまり・・・りんも殺生丸さまが笑ってるところ、見たことないかな・・・。
あ、でも邪見さまを蹴り飛ばす前にちょっと笑ってる」


・・・それは少し違うと思うが。


「・・・そうか。まあ母も手に負えぬ奴だ」

りんが小さく笑った。

「りんも、殺生丸さまの考えていることわかんないけど、殺生丸さまがいっぱい笑ってくれたら嬉しいな・・・」


「あやつがそう笑っているのも気味が悪いがな。・・・そうだ、そなたに良い物をやろう。この石を・・・」

そう言ってりんの首に小石のついた紐をかけた。


「これは・・・?」

「昔あれの父に貰ったのだがな、私が持ち続けていては石も退屈だろう」

「えっ・・・!そんな大切なもの・・・」

「よいよい。持っておれ」

りんは手のひらに石を転がした。
月の光を受けてそれは白くも輝く。

「・・・綺麗・・・」


殺生丸の母は薄く笑った。

「では、そろそろ行くか」

「えっ、殺生丸さまに会っていかないの?」

「あれに黙ってお前に会ったと知れたらまた面倒だ」


そういい残して、妖怪は大きな風を巻き起こし、りんが思わず目を閉じて次に開いたときに既にその姿はなかった。


然り。
ようやく謎が紐解けた。

あの晩、かき消された匂い。
あれの仕業か。


「あの…殺生丸さま…黙っててごめんなさい…」

「…あれに口止めされたのだろう」

「…」


妖怪は去り際、思い出したようにりんに告げた。

また面倒だから、石のことは殺生丸に言うな、と。

 


しかしまだわからない。
その石は何をしてくれる?

 

「どうだ、娘、我が息子の心の内は」


その声に、殺生丸はいつもに似合わず反応を示した。

「御母堂様!」


殺生丸とりんの横に、音もなくその妖怪は現れた。


――何故、私はこの妖気に気付かなかった…?


「何故私が匂いをしないのか、と言いたげだな」

「…」

「妖気を消すことなど造作もないわ。それを思うとそなたも青いな」


殺生丸はあからさまに嫌悪を顔にあらわした。

「何の用だ」

「娘に渡した石を返してもらいに来た。上から見ていたのだがな、まだ早かったようだ。
娘、惑わして悪かったな。…返してもらうが、異存はないな?」

「うん!」

りんは素直に石を手放した。

 

「りんに何を吹きこんだ」

女は肩をすくめた。

「見ての通り、石をやっただけだ」

日の光を浴びると、それは何色にも輝いた。

「これは、我ら一族に伝わる翡翠の欠片だ。妖気があるがな。もちろん妖気など感じられては雑魚に狙われて仕方がない。故に消した。
これは、人の心を読む…正確には、我らの後継者選びの道具のようなものだ。
そなたの父の時には使う必要はなかったようだがな。
太古、謀反が多くあった頃、真の後継者選びに使われていたとそなたの父に聞いた。
その欠片だ。故に小娘が持てば、近くにいる犬一族のお前の心の声のみが聞こえるということだ」


「…あれ、でも御母堂様のはわからなかったよ」

「私の内がそのようなものに読めるものか。
つまりお前がそれだけまだ未熟だということだ」


殺生丸は返す言葉もない。
 


「そんな顔をするな、殺生丸。小娘がお前が何を考えているのかわからぬというから、少し遊んだだけだ。娘を怒るなよ」


言いたいことだけ言い残すと、来たときのように母は風に乗って去った。

 

妙な沈黙がりんと殺生丸を包む。


「殺生…丸さま…?…ごめんなさい…」


黙って心を読んでいたことに、多少気まり悪そうな顔をする。

 


無論心を読まれるなど、気分良いものではない。


「…私は何を思っていた」

予想外の殺生丸の言葉に、りんは言葉に詰まる。


「えっ…風が冷たい、とか…日が昇るのが遅い、とか…りんの髪の匂いが…甘い、とか…」

自分で言ったにもかかわらずりんは耳まで赤い。


そして思い出した。
りんが一番大きな反応を示した時、己が何を思っていたか。


「でもでもっ、殺生丸さまそのときもいつもと全然お顔変わらなかったしっ!御母堂様の御心もわかんなかったし!きっと何か違うものが聞こえたんだよ!」

と根拠もない弁解をする。

りんも思い出していた。
思わず聞こえた殺生丸の心の声に、声をあげるほど驚いてしまったことに。

 

 

「…そうだよね?」

殺生丸はりんと目を合わせようとはしなかったが、確かに呟いた。


「…石は真実だ」

りんは一瞬目を見開き、しかしすぐにそれは弧を描いた。

 


――りん、私のものに――

 

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