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はたたがみ

慌ただしい日だ。

布団に顔を埋めていても、忙しい声と足音が幾つにも重なってりんの耳を打った。

この音はさぞかし主を不快にさせていることだろう。

しかし屋敷の従者たちは今日はそこまで気を使えないらしい。
それほど忙しい何かが、今日はあるのだ。


いつもなら朝日が顔を撫で、朝を告げるとともに布団から跳ねるように起き、手際よく布団を片づける。

それからすぐにりん一人のために炊きだされた煙がもうもうと見えるお勝手へと駆け出し、朝餉の準備を手伝う。

今のように、目を開けているのにいつまでも布団から出てこないなど、ありえないことだった。


しかし今日は従者たちも気を使ってか、だれもりんを起こそうとはしない。

――ただ忙しかったからかもしれない。
どちらにしろ、ありがたかった。

 

身体がつらいわけではない。
この屋敷に来たのは、確か五月ごろ。
今は九月初旬なわけで、もう三カ月以上ここでの生活が続いている。

すっかり従者の妖怪たちとも馴れ、日々不自由ない生活を送らせてもらっていた。


ただ、今日は…
来客があるのだ。
ここの主、殺生丸に。

 

 

 

 

 

相変わらず閑散とした部屋で、殺生丸は己の不機嫌を隠せずにいた。

こつこつと上品な木の音が響いた。


「殺生丸さま、本日の御召し物を…」

「いつものでよい」

大ぶりな木箱を抱えた妖怪は、主の機嫌の悪さがあまりに予想通りで思わずため息が零れた。

殺生丸の冷ややかなにらみによって気を持ち直す。

「し、しかし殺生丸さま。
本日はそのようなわけにも…」


殺生丸は頬杖をついて、従者のほうに目もかけない。


(子供のようだ、この御方は…)

従者は軽く息をついて、木箱を部屋の中に置いた。


「お着替えくださいませ」


そっと立ち去ろうとすると、低い声が引きとめた。

 

「…りんはまだ起きぬのか」

「は、りんさまは…そういえばお目にかかっておりませぬ」


返答して、そうかと思い当った。
だからこの御方はますますこのようなのか。


「起こしてまいりましょうか」

「…よい」

「…は。失礼します」

 

従者が去り、再び部屋に沈黙が落とされた。
床の間に活けられた不格好な一輪ざしが、殺風景な部屋の中、ひとつだけ騒がしかった。


――いつまでもこうしていたって仕方がない。
りんは思い体を起こして、布団を片した。

寝巻きから、いつもの市松模様の着物へ着替える。
――少し前、伸びたりんの背丈に合わせて新調されたものだ。


まだ少し堅いが、はやりその橙がりんらしさを醸し、丸い緑の輪がりんの全体を引き締めた。


・・・よしっ。

大きく襖を開くと、目の前には新緑の葉桜―――
のはずが、それは大きな影に遮られていた。

 

「・・・せっ・・・殺生丸さまっ・・・!
い、いつから・・・」

 

殺生丸は何を言うでもなく、そこにいた。
りんの問いに答える風でもないが、唇は少し開いている。


「・・・殺生丸さま?」

はっと殺生丸は焦点を合わせるかのように顔を引いた。

 

「・・・起きていたのか」


「・・・あ・・・ごめんなさい・・・今日は忙しいのに・・・」


「かまわぬ」


そうは言うものの、一向に殺生丸は立ち去ろうとはしない。

佇む白い体を前に、りんはどこを見てよいのか戸惑い、無意味に目を泳がせた。


不意に、目の前に一本の棒がりんに差し出された。

棒ではない。
それは紛れもなく殺生丸の刀、天生牙だ。


「持っていろ」

強く押すように差し出され、思わず手を伸ばして受け取った。

殺生丸が片手で振るっていたそれは、りんの腕にずしりと重かった。


「・・・天生牙・・・?・・・どうして・・・」

「それを持ってここにいろ」


背を向けた殺生丸にこれ以上問うことは阻まれた。

「・・・はい」


「・・・お前が気にかけることは何もない」


それだけ言い残し、殺生丸は長い廊下の向こうへと消えた。

その後姿を見送ってから、言われたとおり自分の部屋へ戻り中央に刀を置いた。

 

恐ろしくも、高貴でもある天生牙は、りんにさえ威圧感を与えた。
しかしそれはけして息苦しいものではなく、むしろ殺生丸の護りを感じる。


「・・・邪魔するな、ってことなのかな・・・」


りんの声は部屋に響いたが、天生牙が反応することはなかった。





前々からこの日が来るのはわかっていた。
母はけじめだとも言った。
決めるのは私だとも。

 

我が犬一族には、母以上に年を食った老犬が何匹もいる。
それらは古めかしい考えばかりを引きずり、この殺生丸にさえ口を挟む。
父のときもたいそうなものだったらしい。


しかし本家であるのはこの館。
いくら老いた者が口を出そうと、決めるのは私だ。

 


だが、老犬たちは諦めなかったらしい。
遠く血のつながった一族の娘との見合いを条件に、これ以上口を挟まぬと提案してきた。
むろん、りんについても。


それならば、と手を打った。
見合うだけならば構わぬ。即座に終わらせるまで。

 

 

ふいに障子が開いた。


「殺生丸さま、相手方がお着きになられました」

強い香のにおいがした。

 

 

 

 

 

 

 


―─────

急に静かになった。
おそらく今頃、殺生丸さまは―――

ふるふると頭を振って、握り締めていた縫い物を再開した。


・・・が、その縫い目はがたがたとして、まるで手負いの蛇が這っているようだ。


「・・・下手」

 

諦めて、ぱさりと布を放った。


部屋の中央にある一本の刀は依然として威厳を保ったまま、黙っている。

 

・・・どうして殺生丸さまはこれをりんに・・・

答えの出ない自問を幾度となくめぐらせていた。

 


突如、辺りの静寂が破られた。
陶器が砕けるような、いやな音だった。
否応なくりんの方が跳ねた。

 


・・・殺生丸さまはこの部屋にいろと・・・でも、でも。


外に何があるか分からない。
安全なのはここだけなのかもしれない。
それでも、一人でここにいるより・・・


りんは横たわる天生牙を手に、自室の障子を開けた。

 

それまで、唯一ある客間で、殺生丸はいかにも憂い気にあるものと対峙していた。

犬一族の老い頭が送った、血族の姫である。


同じ犬臭さが漂うのも我慢ならない。
その上さらにきつい紅の匂いも。
赤や金の目に痛いような着物も仰々しくて鬱陶しい。

 

 

「話に聞いていたとおり、本家の犬妖は物狂いばかりと聴いておりました。
故に、この館はまことに人くさい。
そなた、人間を飼っていると聞きます。
何の遊びのつもりか知りませぬが、そろそろ我と身を固め、濃い世継ぎを生まねばならぬと分かっておいででしょう?」

 

姫は目を細め、艶やかに微笑んだ。
しかしそれも殺生丸には卑しくしか映らない。

 

「その気はないと言っている」


姫はまた笑う。


「そうかと言ってもこの縁談、他に選択の余地はありませぬ。
・・・何が気に入りませぬ?
すでに駄々をこねるような齢ではありますまい」


姫が殺生丸ににじり寄ったとき、二匹の鼻を異香がついた。

 

 

「・・・っ!この匂い・・・人間か・・・
あら、殺生丸殿・・・どこへ行くおつもりです?」

知らぬ間に腰を上げ、立ち上がろうとしていた。

 

――りん、部屋から出るなと・・・

 

はたから見ればなんらかわらぬ殺生丸の面(おもて)も、今回ばかりは多少の焦りがにじんでいた。


姫はそんな大妖を見て、顔色を変えた。

 


「───まさか殺生丸殿・・・
人間に懸想しているのではありますまいな!?
西国の王ともあられる者が・・・!
故にこの縁談、不承していたのですな・・・!」


顔を背ける殺生丸に、姫は口角を上げた。


「・・・そういうことならば、この私が障りなくして進ぜましょう」

 

 

 


ふいをつかれた。
りんの匂いを探っていた。
犬の姫が風と化して部屋から出るのをとどめることができなかった。


小さく舌を打ち、殺生丸は後を追った。

 

 

空は雲に覆われ、犬妖二匹が過ぎる縁側に影を落としていた。

 

 

 

 

 

 

 

―――部屋を出て少し進むと、音の正体はすぐに分かった。

 

妖怪の従者たちが、屋敷の蔵物を整理し、手はずれで陶器を落とした、ただそれだけだった。


妖怪たちはせっせと蔵の片付けに精を出し、りんが部屋を出たことに気付いてもいない。

りんはその横をそっと通り過ぎた。



――りんも鼻が利けばいいのに。
こんな広い屋敷では、求める人がどこにいるのか見当もつかない。


りんはそっとため息をつき、薄暗い空を見上げた。

 

夏の名残だ。
一雨来るのだろう。
曇天は、さらにりんの心を重くした。

 


―――昔、まだ母も父も兄も、家族そろっていた頃、近所の若い娘に縁談の話しが上がった。


確か、その頃に初めて『お見合い』という語を聞いた気がする。

 

娘は祝言をあげるわけではないにしろ、いつもより立派で上品な着物を着て髪を結い、化粧をして、幼いりんから見てもそれは美しかった。

 

そんな女性が、今日は殺生丸に会いに来ている。


見てもいない見合い相手を想像し、それに対面する殺生丸に思いをはせるだけで、胸の奥がしぼんでしまうようだった。

消化できない想いの正体が、近頃分かるようになってきていた。

 

 

 

 

 

 

 


とんと地面をたたく音がしたと思うと、途端に大粒の雨が降り出した。
地面が雨をはじく音がやけに大きく聞こえて、恐ろしさが倍増した。


(早く殺生丸さまのところに)


行き先も分からず足を速めようとした。

 

そのとき、強い風がりんの足を止めた。
思わず目を閉じる。


次に目を開いたときは、美しい女がりんの眼前に立っていた。

 


「お前か、殺生丸殿が飼っている人間は。
・・・まだ小童ではないか」


思わず息を呑んだ。
美しい、とても美しい妖怪(ひと)だったけれど
その目は深くりんを射すくめた。

 


奇妙なほどに白い手が、りんの首を即座に掴んだ。
後ずさる隙もなかった。

 

「・・・愚かな主が、お前のせいで道をはずそうとする。
・・・死ね」

 

視線の先で、女の爪が光った。


無意識に、女の手を掴んだ。

姫ははっと目を開き、それからほくそ笑んだ。

 

「・・・反抗するのか。面白い。
・・・お前などに、人間などに何ができる。
殺生丸殿の何になろうというのだ」


首を掴む手が強くなる。
気道が狭まって、声がかすれた。


「・・・り、りん、は・・・」

「西国の王が人に懸想しておるというからどれほどのものかと思えば、まさか小娘だとは。
・・・どうやってたらしこんだ?
たいして美味そうな匂いもせんが」


冷たい瞳がりんに近づいた。
目をそらすこともできない。


再び激しい風が巻き起こり、雨の音が遮られた。



りんは目だけを動かして、それが殺生丸だとわかった。

怒りがにじんでいるのもわかる。

 

「・・・手を離せ」

姫は首だけを動かし、殺生丸を捉えた。


「ずいぶんと困惑しているようですな、殺生丸殿。
この人間、どうするおつもりですの?」


「どうするつもりもない。離せといっている」


殺生丸の爪がこきりと音を立てた。

 

姫はりんの首から手を外し、腰に手を回した。

気管に酸素が入り込み、りんは激しくむせこんだ。

 

「いずれ食ってしまうおつもりなら、今でも構わぬのでは?
なぁ人間?
お前こそ、主に食われて本望であろう?」


殺生丸の髪がざわりと揺れた。


「そう憤するところを見ても、たいそうな思い入れらしい。
人間、お前こそ幼きうちに食われたほうがよかろう?
大方、お前もこの妖怪に想いを懸けていると見た。
くだらんものに一喜一憂する愚かさよ。
殺生丸殿の父も相当な奇人だったらしい。
そのような父に成り下がってよいのです?
殺生丸ど・・・」

 


「・・・違う・・・」

 

雨音と、それに混じる雷鳴にかき消されそうなほど小さく、しかししっかりとした声が姫を遮った。

 

 

 


「・・・せ、殺生丸さまは・・・殺生丸さまはおかしくなんかないっ!!
りんが・・・りんが一緒にいたいからここにいるの!!
殺生丸さまも・・・殺生丸さまのおっとうだって、おかしくなんかないんだからっ!!」

 

 


堰を切ってあふれ出すりんの言葉に、姫はもとより殺生丸さえ目を丸くした。

しかしそれも一瞬のことで、途端に姫の目は怒りに満ちて赤く光った。

 

「・・・知ったようなことを・・・!!」

 

 


りんの目の前で爪が光り、それが振り下ろされるよりも早く、殺生丸の指が姫の首を捕らえた。
左腕にはりんが収まっている。

 

 

 

「去れ」

 

 


細い手に圧倒的な力を込めた。

反論を試みて開いた姫の唇も、殺生丸の並々ならぬ怒りを前にして、言葉を発することはなかった。

小さく舌を打ち、姫は地を蹴った。


竜巻のような風を起こして姫が飛び立った雨空から、低い声が響いた。

 

 

 

──人と妖怪など相容れぬもの――

――交わることなど許されぬ――

――袖触れ合ったこと、後悔するがいい――

 


雷鳴と共に轟くように鳴り響き、空気に紛れるように消えた。

 

地面を強く雨がたたく音だけが残った。


「・・・くだらん」


するりと殺生丸の腕がりんからすり抜けた。
触れられていた部分から、急激に熱が逃げるようだった。

 

「・・・い、いいの・・・?殺生丸さま・・・
邪見さまが大事な、え・・・縁談だって・・・」

 

「私が望んだものではない」

 

殺生丸の手が、りんの片手にかろうじてぶらさがっていた天生牙を取った。

 

「役には立たんだな」


少し呆れるように刀に視線を落とした。

 

「・・・っそんなことないよっ!
天生牙は・・・あの人が殺生丸さまと・・・殺生丸さまのおっとうの悪口言ったとき、急に熱くなって・・・
・・・天生牙も怒ったんだよ、きっと」

 

そう言い切る自信はどこから来るのか不思議なものだが、天生牙に意思があるのは使い手である殺生丸も無論知っている。

だからそういうことにしておいた。

 

 

 

薄暗い辺りを雷光が明るく照らし、太い雷鳴が鳴り響いた。
思わず殺生丸の振袖を握った。

しばらくどちらも黙ったまま、雨降り続く空を見ていた。

 

 

 

「・・・呪い、みたいだったね」


りんの口から不似合いな言葉が出たことに少し驚いた。


「後悔するがいい、だって」


「・・・戯言だ」


「うん、りんもそう思う」

 


力強くそう言うりんが、意外だった。


――強くなった。りんも、その内も──

 

 

 

 

 


「・・・着物を着替えろ。崩れている」


はぁいと返事をして、自室へと舞い戻った。

その足取りは軽い。

 

 

後悔することなんてひとつもない。
いまここにいることがこんなにも嬉しいから。

 


※はたたがみ:雷
 

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