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蝉時雨


照る音が聞こえそうなほどの強い日差しが背に焼け付く。

汗は流れぬとはいえ、この暑さはいい加減鬱陶しい。

顔に張り付く長い髪をかきあげ、殺生丸は門をくぐった。

 

徐々に大きくなる足音が響く。

「殺生丸さま!!」

それこそ子犬のような小さきものが軽やかに駆けてくる。

「殺生丸さま、おか・・・」


はっと思いついたかのようにはたはたと髪を直し、捲れた着物の裾を正して殺生丸に向き直った。

「おかえりなさい、殺生丸さま」


りんの微笑の上にはいくつもの玉が光っていた。
ふいに手が伸びて、それを細い指が拭う。
慌ててりんも帯に挟んでいた布で汗を吸い取った。

「ごめんなさい、阿吽が暑そうだったから水を浴びさせてて・・・
殺生丸さまが帰ってきたって聞いて急いで飛び出してきたから、りん汚いままで・・・」


「構わん。早く着替えろ」

「あ、はいっ」


再び走り出そうと身をかがめたが、思いとどまって姿勢を直し、ゆっくりと足を交互に踏み出す。

どこか慣れないその後姿に、大妖はなんとなく以前のりんが懐かしく思えた。


――――

屋敷に戻って二月(ふたつき)、りんの成長は目覚しいものだった。

朝は裁縫など手先のことを習い、昼は侍女二人から勉学し、夕刻は邪見の小言とともに夕餉の支度をすませる。
依然として殺生丸がりんの成した物に手をつけることはなかった。
りんも以前のことが苦かったのか、あれ以来殺生丸に進めようとはしない。

邪見、推古、宋耶などから伝えられるりんの一日の挙動を淡々と、しかし満足げに聞いて殺生丸の一日は終える。

 

そのかいあってか、りんの落ち着きぶりは見事だった。
未だに興奮するとなりふり構わず・・・となるところがあるが。

 

己がつけさせた教養であったが、日に日に変わりゆくりんに違和感を覚えて仕方がない。

大きく口をあけて笑うことも少なくなった。
走る際は足音小さく、着物の裾を押さえるようになった。

ここまで変わるものだろうか。

ふと呟いた言葉に、推古は朗らかに笑った。


「女は変わるものですよ。妖怪でも、人でも」


それがあなた様のためならば、と。

 


その日も強い日差しが屋敷全体を包んでいた。
宋耶が静かに障子を滑らす。

「りんさま、おはようございます。
本日もとてもよい日で・・・」

「ん~・・・」


いつも寝起きのよいりんがなかなか布団から顔を出さない。
宋耶がりんに歩み寄った。

「りんさま?
御加減がよろしくないのですか?」

「ちょっと・・・お腹痛い・・・」

「あら、大変!夏風邪でしょうか。
消化の良い物を用意させましょうね」

りんはゆっくりと上体を起こした。

「ううん、本当にちょっとだから大丈夫・・・
顔洗ってくるね」

立ち上がり寝ぼけ眼をこすって廊下へと進んだ。
背後で宋耶が息を呑んだ。


「りんさま!足を・・・!!」

「ほぇ?」

つと視線を下げると、黒いものが一本の筋になって足首まで流れている。

「お怪我をなされましたか!?薬師を呼んでこなければ・・・!」

宋耶は慌てふためき顔色をなくしている。
一方当事者は安穏とそれを眺めていた。

「ま、待って、宋耶さま。りん全然足痛くないよ。
これ・・・血・・・?」


薄く伸びて伝うそれは浅黒い赤にりんの足の甲を染める。
嫌な匂いが鼻をついた。


「と、とりあえずお体を清める布を持ってまいります。
それに薬師にも相談を・・・」

ばたばたと慌しく宋耶は部屋を飛び出した。


1人残されたりんはつくねんと足元を眺めた。
ずきずきとお腹が痛い。
横になろうかと思ったが、着物を汚してしまうのでやめた。
思い立って先ほどまで寝ていた布団を捲ると、案の定濃い赤が染みていた。

(・・・お布団洗わなきゃ)

なす術もなく佇んでいると、障子の向こうに人影が現れた。
なかなか入ってこようとはしない。
宋耶と推古のようだった。

そっと障子に近づくと、なんとなく声が聞こえた。

(・・・だから・・・人里に・・・)

(・・・殺生丸様が・・・)

(・・・私たちでは・・・えぇ、人間の・・・)

(・・・りんさまに・・・阿吽を・・・)

言葉の断片は飛んでくるが、いまいち意味をつかめない。
静かに障子が開いた。

二人はいつものような穏やかな顔をしていたが、どこか困っているように眉は下がっていた。

「りんさま、今からりんさまのお知り合いの人里に行って頂きます」

「私たちではどうもわかりませんことで・・・」


口々に言葉を繋げる二人に、りんは慌てふためいた。


「え、え、なんで?
・・・りん、病気?」

・・・こんなにいっぱい血がでてるもんね。

 

宋耶、推古も慌てて首を振った。

「いえいえっ、とんでもございません!
りんさまはお知り合いの方に、ようく話をお聞きになってきてください」


似通った顔がずいと近づきそう言われ、押されるがままに首を縦に振った。


そのままてきぱきと手短に支度を済まされ、少し困り顔の邪見と共に阿吽に乗った。

 

「り、りん、正午にまた迎えに来るからな」

そう言い残し、邪見は慌しく阿吽に乗って去ってしまった。


1人村はずれに残されたりんの前に、匂いを嗅ぎつけたのか犬夜叉と弥勒の二人が現れた。


「おや、珍しい妖気がと思えばりん、お前でしたか」


未だに状況を飲み込み切れていないものの、りんはとりあえず屋敷の者に人の女に話を聞いて来いといわれたという旨を伝えた。


なんとなく状況を読んだ弥勒が、なんだなんだと騒ぎ立てる犬夜叉を残し、かごめや珊瑚たちのところまでりんを案内した。

 

 


――――

 

「で、ではりんが世話になったな」

「かごめさま珊瑚さま、ありがとう!」


日が高くなった頃、邪見は再び妖獣をつれて村に現れ、せわしくりんを連れ戻してしまった。

 

 

「あぁ、びっくりした」

「ほんと、ね」

「何にびっくりしたって・・・」

二人は顔を見合わせた。

「りんちゃん殺生丸の屋敷にいるんだ・・・」

 


――――


「ねぇ邪見さまー」

「な、なんじゃっ」

「りんもう大人なんだってー」

阿吽が空を翔る速さのため、顔の横を吹き抜ける風に声を持っていかれてしまう。
りんは前にちょこんと座る邪見に声高に叫んだ。


「そっ、そんなことないわっ。お前はまだ子供じゃっ」


そういったものの、いつものごとく返ってくるだろう反論がないことに、邪見は顔をしかめた。


「り、りん?」

「・・・りんも、まだ子供でいたかったなぁ・・・」


思わぬ発言に、邪見は言葉を詰まらせた。
そのまま言うべき言葉も思いつかず、2人と1頭は屋敷へと舞い戻った。

 


目下の屋敷が大きくなるにつれて、その脇に立つ者が目に付いた。

「あ、殺生丸さま」

「たっ、ただ今戻りました!」

邪見が阿吽から飛び降り、へこへこと頭を下げる。
りんも滑るように阿吽から降りた。


「加減は、どうだ」

「え?」

「体はよいのか」

途端にりんの頬が染まった。
調子を尋ねられただけなのに、なぜかすごく恥ずかしいことを聞かれたような気がした。


「う、うん、今は…」

不自然なりんの仕草に、調子が悪いのを隠していると思ったらしい。
近頃穏やかな弧を描いていた眉が、久々に少し上がり気味に傾いていた。

「今日は寝ていろ」

「えっ、でも」

「邪見、りんを連れて行け」

阿吽は竜舎へ連れて行こうとしていた邪見は、慌ててその手綱を他の従者に任せた。

「は、はいっ!ほら、りん!行くぞ!」


邪見に促されてりんも歩を進めたが、名残惜しげに振り返ると、もう殺生丸はいなかった。

 

――――

かごめに教えられたとおり、ある日突然起こったりんの体の変化は、数日間でおさまった。
しかしこれが来月もあるのかと思うと怖くもある。

 

あの日から、殺生丸と会話らしき会話をした覚えがない。
背中を見つけて駆け出しても、同じ屋敷内だというのに見失うことも多々あった。

この部屋にいると分かっているとき、部屋の前で立ち往生していると、以前は殺生丸から声がかかった。
しかし最近はそれさえもない。

思えば、あの日より少し前から、殺生丸に直接触れる機会もなかった気がする。
膝に座ったり、髪に触れたり。

それを拒まれたことはないが、今までの気易い雰囲気はなくなっていた。

 

 

「忙しいのですよ。隣国からの使者なども参りますからね」

推古に殺生丸の様子を尋ねてみたら、そう返ってきた。


自意識はないが、物分かりの良いほうである。
そうなのか、と納得するしかなかった。


屋敷の一角には、なぜか鬱蒼とした竹藪があった。

一人で屋敷をうろつくなと言われていたうえに、薄暗いそこに近づこうとも思わなかったため、特に気にも留めていなかった。

 

 

「りんさまは筍というものがお好きですか?」

夕餉の支度をしていると、宋耶に尋ねられた。

「たけのこ?好きだよ」

「私たちは食事らしい食事が必要ないもので、りんさまがお口になさる好みのものを聞いておこうと思いまして」

「そういえば、お屋敷の隅に竹藪があったね」

「はい、以前の御当主さまがなぜか突然竹を植えろと言いだしたのです」

宋耶は思い出したかのように小さく笑った。

「春になったら一緒に筍採りに行こうよ!」

静かな竹藪の中で宋耶たちと筍を探す自分を想像して、早速楽しくなってきた。

 


推古が昼餉を持ってきてくれると言って席を立った時、ふとあの竹藪を思い出した。

そしたら突然行ってみたくなった。

そっと障子をあけて辺りを覗いたが、しんとして人はいない。
そっと外履きに履き替えて目当ての場所に向かった。

 

一歩竹藪に入ると、数度気温が下がったように涼しかった。
遠くで鳴く蝉の声が聞こえる。
少し湿った地面が足元に食い込む。
かするように触れる土の冷たさが心地よい。
久しぶりに草履を脱いでみた。
旅をしていた時のように。
じかに触れる土がこそばゆい。
嬉しくなって、一人でふふと笑った。


脱いだ草履の鼻緒を指でなぞった。

殺生丸がりんのためにと持ってよこしたものだった。

(これを履け)

(草履?)

(…いつまでも裸足というわけにもいかぬだろう)

(りん裸足で大丈夫だよ。でもありがとう、殺生丸さま!)


りんの素足の傷を見かねて贈ってくれたのだろう。
りん自身も分かっていた。
殺生丸がいつにもますこの屋敷に来てからの己に対する優遇を。


だからこそ、それに満足しきれない自分が腹立たしい。


大切なものとの間には、引かれた一線がなくてはいけないのだろうか。
 


「なんだかなぁ」

物足りないわけじゃない、でも。

足りない

足りない

足りない


殺生丸さま。

 

「一人でうろつくなと言ったはずだ」

大妖の声に、竹は一瞬で雰囲気を変えた。

「…殺生丸さま」

「屋敷は大騒ぎだ。皆がお前を探している」


そうだ、推古はりんの昼餉を取りに行ったのだ。
戻ってりんがいなければそれは大騒ぎだろう。

 

「…ごめんなさい」

帰ろうと殺生丸に背を向けたが、背中からも殺生丸の麗しくない機嫌が感じ取れた。

 

 


「言いたいことがあるなら言え」

きびすを返して見ると、責めたわけではないと言いたげに殺生丸の眉間には浅く皺が刻まれていた。

「…言葉もなしにお前をわかることは出来ぬ」


りんの頬は一瞬で赤く染まった。


「せっ…殺生丸さまの方がわかんないよっ…!
どうして…どうしていつもりんが会いに行ってもいないの?
どうしてりんを呼んでもくれないの?
りんはずっと待ってたのに!」

怒りとは違う何かを湛えたりんの瞳はゆらゆらと揺れる。

 

 


こんなことが言いたいのではない。
殺生丸の言葉が欲しいわけでもない。
莫迦みたいにわめく自分が醜くてしようがない。


「りん、私は」

「…いい、の…ごめんなさ…」

りんが目を伏せた次の瞬間には、りんと殺生丸の距離はぐっと縮まっていた。

「話を聞け。私のこの国での立場くらい、分かっているだろう」

りんは鼻をすすってうなずいた。

「そこにいるお前は他の妖怪から見れば、私の餌か…妾にしか見えん」

自分が発した言葉がおぞましいとでも言うように、殺生丸は顔をしかめた。

「だからこそ、しばし時が必要」

「とき?」

「…いつかわかる」

「…どうして?」

「…お前もいつまでも幼いままではない」


まただ。
殺生丸さままで。

「…殺生丸さまといられないなら、りんずっと子供のままでいいよ…」

思わずあからさまなため息が零れた。

それでも駄目なのだ。

永遠などないことを思い知れ。

 

 

梢のように細い指がりんの唇に触れた。


「…いずれ、必ず、時は来る…」


「それまでりんは待つの?」

 

待て、と言おうとした。

だが、これまでりんをどれだけ待たせたことだろう。

一人で。
気まぐれな主を待ちながら。
ひたすらに。
たとえついてきたのが己の意思だとしても。


そんなりんに再び待てと諭すのは、あまりに酷な気がした。

 

 


「…お前次第だ」


どういうこと?とりんの首が傾いた。

 

 


―――まだだ。
まだ、早い――――

 

 


雲ひとつないはずの空を見上げた。

鬱蒼と茂る竹藪に阻まれて、青いはずの空は暗かった。

わんわんと蝉の声だけが雨のように降り注ぐ。

 

竹の葉の隙間からこぼれる光が、早く早くと先を照らしていた。

 

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