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拍手御礼小説1


強すぎる日差しに負けまいと、それは凛と地面に根付いていた。
川面に弾かれた光は散らばり、その花弁を鮮やかに彩る。
指で軽くその葉を弾くと、弱弱しく花は震えた。

「その花、好きなの?」

はっとして肩を強張らせ、きつく振り返る。

「…誰」

殺生丸と同じ背丈ほどの少女がてんと立っていた。

「あなたこそ誰?」

殺生丸はすいと目を細めた。

黒く肩まで切りそろえられた髪が日の光で白く光っている。
漆黒の瞳が深く自分を見つめている。

「…ここは私の家だ。
何故答える必要がある」

剣のある言葉をもろともせず、少女は小さな八重歯を見せた。

「じゃあ私も言ーわないっ」

勝手に他邸に侵入しておいて、
と殺生丸が狭い眉間に皺を寄せると、少女は一層笑みを零した。

「ねぇ、向こうに大きな桃の木があったね。遊びに行こうよ」

屈託のない笑いが殺生丸にはどこか悔しかった。

「…あれは父上が重宝しているものだ」

「でもあなたのお父様があなたに木登りでも教えてやってくれって」

そう言って大きく笑う父の顔が容易に想像できる。

「ね?はやくっ」

少女は殺生丸の白い手首を掴むと、軽く駆け出した。

父母以外のものに触れられて、ぞっとした。
しかし振り払うこともできなかった。

少女は一番太そうな枝に手をかけると、ふわりと足をその枝に預けた。


「ね?簡単でしょ?あなたも…」

言われるまでもなく、殺生丸の体はあっという間に少女と同じ高さに来ていた。
少女は目を丸くし、細く息を吐いた。

「何だ、あなた飛べるの」

少女の挑発に乗った気がして悔しかったが、それが知れてしまうのも悔しくて、澄ましたふりをした。

そして気づけば殺生丸自身、意地になったかのように少女と競っては
高く高く登ってはおり、登ってはおりをして
また少女に引かれて広い庭で走り回った。

「あぁ、私も飛べたらいいのに」

「何故」

「気持ちいいでしょう」

「別に」


少女はむぅと頬を膨らませた。

「あなたって勿体ない生き方してるのね」

さすがの殺生丸もこれは気に障った。


「どこがだ」

「だって、世の中すごく素敵なのに全然分かってないんだもん」

「…ふん」

「黄色いお天道様も、やさしいそよ風も、すごく気持ちいいんだから」

殺生丸は少女の瞳を覗き込んだ。
あまりに澄んだそれに写る自分は
本当に勿体ないことをしているのかもしれないと思えた。

 

 


楽しみほど早く過ぎると知ったのも、この日かもしれない。

「…私そろそろ行かなきゃ」

「…」

「ありがとう、楽しかった」

「…」

「あの桃の花が咲いたらきっと綺麗だよ」

「…あ…」

「え?」

俯いたまま口を開いた殺生丸に、少女は顔を近づけた。

「…明日も来るか…?」

殺生丸の言葉に少女は少し驚いた風を見せたが
すぐに花開くような笑みに満ちた。

「…またね!」

大きく手を振って走り去り、少女は現れた時のようにすぐ消えた。

 

 

今この胸を満たすものがこんなにも心地良いことも知らなかった。

だから、会いたかった。

もう一度。

 

 


「…え…?」

「なんだ、殺、あの子に聞かんだのか?」

「…いえ」

「あの子の父はこの屋敷の造園師だ。
あの子は…姫紫の精。
一年草ゆえに、昨日生を終えた」

 


…死んだ?

莫迦な。


何故、

父上。

 

「…悲しいのか、殺生丸」

「…部屋に戻ります」


父の部屋から自室までの足取りは覚えていない。

少女はもういないのだという現実と、
またねと言ったあの笑顔だけが脳裏のこびりついていた。

 


必然の死を前にして、私は。

名前も、知らなかった。

あれは、この世に一年の生を受け
穢れぬまま死んでいくのか

 

ふと思い立って、あの庭園へと急いだ。

強く根付いていた薄紫だったそれは
ずいぶん冷たくなった秋風に吹かれて茶色く変色し
自らの重みに耐えきれずに頭(こうべ)を垂れていた。

 

しぼんだ花弁を一枚手に取り、光にかざした。

その色を確かめる前に、風が手からそれを奪い空を舞った。


生涯忘れぬだろう想いも持って行けと
願わずにはいられない。

 

瞬間、強い風が殺生丸の髪をはためかせた。
鈴のような声が聞こえた。

 


――――忘れないで
私を、忘れないで―――

 

「…残酷な…」


困ったような少女の笑い声が聞こえる気がした。

 

 

姫紫

別名、勿忘草――――

 

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