色狂い
目の前の光景は何かの間違いだろうか。
そう、間違いに違いない。
妖怪と小さな娘の一行という奇妙な組み合わせを前にして、半妖と人間たちの一行は必死に考えをめぐらせた。
頭は懸命に違う違うとうめいているのに、視界に飛び込んできた光景はそれを許さない。
一番に口を開いたのは犬夜叉だった。
「・・・お・・・お前・・・何、してる・・・?」
弟の問いに答えるそぶりも見せず、殺生丸の視線は腕の中に納まった一人の少女へと一身に注がれていた。
りんは周囲から痛いほど見つめられ、心地いいはずのそこはとても居心地悪かった。
「・・・あ・・・の――どうしちゃったの・・・?」
「・・・えーっと・・・りんもなんかわからないんだけど・・・」
そのとおり、かごめに問われるものの、りんも今現在どういう状況なのかてんで分からない。
分かるのは、今自分が抱きすくめられていることだけだ。
今朝からの経緯を伝えようと口を開いたとき、細い指にあご先をつかまれて上を向かされた。
端正な顔を熱くりんを見つめていた。
「他事をするな。――私だけを見ろ」
犬夜叉をはじめ、かごめたち一行は、全身の血が引く音が聞こえる気がした。
ことの始まりは今日の朝。
いつものごとく爽やかな朝だった。
これまでなら、目をさめた途端朝の寒さに体が少し振るうのだが、今日は何故だか心地よく目覚めることができた。
朝だと分かっていたが、その心地よさに引きずられて再び眠りがりんを夢へといざなう。
寝返りをうとうとして、はたと気付いた。
この、自分を包む暖かなものは何・・・?
そういえば、りんの肩を支える腕がある。
もしかして、と横になったまま顔を上げれば、やはりそこには大妖の美しき顔があり、銀の髪が眩しく光っていた。
「・・・せっ・・・殺生丸さま・・・?」
「起きたか」
「ご、ごめんなさい、りんもしかして」
寒くて思わず殺生丸さまの白毛にもぐりこんでしまったのだろうか。
「何を慌てることがある」
「だ、だって」
「眠るお前の顔を見たいと欲しただけだ」
そういう殺生丸の細く光る目は、いつもより少し緩やかな弧を描いていた。
それからというもの、りんが成す一挙一動を殺生丸が目ざとく、そして熱した視線を向けてくる。
逃げるように殺生丸の視線をかすめ、邪見の元へと駆け寄った。
「じゃじゃじゃ邪見さまっ!殺生丸さまなんだかおかしいよっ!!
どうしちゃったの!?」
いつもより幾分猫背になった邪見はりんから視線を外すように目を泳がせた。
「・・・わ・・・わしゃ知らんぞっ・・・!
いいいいいいいつものせせ殺生丸さまとお変わりないではないかっ」
「そんなっ!全然違うよ!なんだか殺生丸さまじゃないみた」
「私が何だ」
耳元で低くささやかれたときにはすでに、りんは白い片腕の中に抱き込まれていた。
邪見は一瞬白目をむき、卒倒した。
「せっ、殺生丸さま」
「あまり遠くへ行くな」
ふわりと香るその白毛の中で殺生丸の匂いを感じ、りんは思わずほうと息をついた。
・・・って落ち着いてる場合じゃない!
「ねぇ殺生丸さ・・・」
「・・・せ、殺生丸・・・と、りん・・・ちゃ、ん・・・?」
目の前に突如現れたのは、犬夜叉一行だった。
────
「ねぇっ、殺生丸さま降ろしてっ」
そう請えば請うほどりんを抱きしめる腕の力は強まった。
「離せばお前は行くだろう」
「そう・・・だけど、かごめさまたちとお話したいの!」
「離したくはない」
「~~っっ!」
大妖怪と人間の小娘の会話とは思えない。
かごめたちは思わず目をそらした。
「・・・なんか、見てるこっちが恥ずかしいね・・・」
珊瑚の言葉に、全員がそろえたように頭を垂れた。
「ねぇっ、殺生丸さまお願い・・・?
少しだけでいいから、降ろして・・・?
必ず戻るから・・・」
りんの懇願に、殺生丸は渋々といったようにりんを降ろした。
「・・・ありがとう」
りんは一目散にかごめたちの元へ駆けた。
「どどどどどうしよう・・・!かごめさま・・・!
殺生丸さまが・・・殺生丸さまじゃないよ・・・!!」
「おおお落ち着いてっ・・・!とりあえずどうなってるの?」
りんは手早に朝からの殺生丸の様子を話した。
「・・・ついに狂っちまったか」
犬夜叉の言葉にりんは青くなった。
「と、とりあえず、殺生丸は過保護になっちゃったってことだろ?」
過保護というより・・・
かごめの頭に『バカップル』という単語が浮かんでいた。
「・・・りん」
背後から熱のこもった声がかけられて、りんの肩は小さくはねた。
呼ばれるがまま殺生丸に駆け寄ると、再び肩の高さまで抱き上げられた。
かごめたちに、冷たく険のある視線が向けられる。
そんな顔されても・・・
かごめたちも困り顔を見合わせるほかなかった。
ふいと犬夜叉たちから視線を外すと、殺生丸は再びりんを愛で始めた。
「・・・もうどうしようもねぇな・・・」
「邪魔だという顔をされましたし・・・」
「・・・行こうか・・・」
かごめたちはりんを見捨てるような後ろめたい思いを感じつつも、その場を立ち去った。
本当におかしい。
あれから殺生丸さまはりんを離してくれない。
どこへいくわけでもないのに。
「ねぇ殺生丸さま・・・邪見さまが起きないよ」
「放っておけ」
「殺生丸さまどうしちゃったの?」
「どうもしていない」
「どうしてりんを離してくれないの?」
「お前との時間を少しも無駄にはしたくない」
「でもいつも一緒にいるのに」
「それでは足りぬ」
「でも・・・」
「お前は私と共にいたくはないのか」
銀の髪がふわりとりんの頬を撫でた。
「もちろんりんはずっと殺生丸さまといたいけど・・・」
りんは一度言葉を呑み込んでから、口を開いた。
「いつもの殺生丸さまのほうが好き・・・」
突如、殺生丸の目が少し大きく開き、そしてゆっくりと閉じた。
まるで何かに打たれたようで、りんは目の前で起きた殺生丸の変化を食い入るように見つめた。
瞳を閉じた殺生丸は立ち尽くしたままで、その後ようやく目を開けた。
「・・・・殺生丸さま・・・?」
目を開いた殺生丸は、眼前にあるりんの顔を見て一瞬身を引いた。
しかしそのまま動くこともせず、りんの目を見たままほかの事を考えているようだった。
いつもの殺生丸さまだ。
固まったままの殺生丸は、今自分が何故ここでりんを抱き上げているのかについて考えているようだった。
「・・・殺生丸さま・・・?大丈夫・・・?」
その問いに答えるように、殺生丸はりんを静かに地へ下ろした。
「・・・邪見は」
「あそこで伸びてる」
「・・・」
殺す。
殺生丸から滲み出る妖気がそう物語っていた。
「・・・ま、待って!」
りんはのびた邪見に駆け寄ってぱちぱちと頬を張った。
「邪見さま!おきて!おきて!!」
「・・・んん・・・?はれ、りん・・・はっ!そうじゃ・・・!わしは殺生丸さまからの遣いの品を間違えて・・・」
はたと気付いた頃には、すぐに目の前には大妖の白い袴が。
だめじゃ、と言う間もなく邪見の体は宙を浮き、くるくると舞って空に光る星となって飛んでいった。
ことの経緯はこうだった。
邪見はいつもの如く殺生丸の遣いとして出され、言われた品を預かってきた。
りんが近頃よく熱を出すからという理由で買わせた粉末となっているそれを殺生丸に差し出そうと腕を伸ばしたとき、その紙袋の裏のしるしに気付き、手を止めた。
(強力 危険 媚薬)
殺生丸もその文字に気付いた瞬間、突風が邪見の手からその袋を奪い、無情にもその中身は散らばり、殺生丸はそれを一身に受けた。
それが昨夜の出来事―――
「・・・とんでっちゃった・・・」
りんは空に消えた邪見を見送り、ちらりと殺生丸を覗き見た。
「・・・なんだ」
「・・・ううん。もういつもの殺生丸さまなんだなぁって思って」
意味深な言葉に殺生丸の目はすいと細まった。
「あぁ、安心したらおなかすいちゃったぁ。
そういえば朝もあんまり食べられなくて・・・」
木の実が生っているらしい古木に駆け出そうとしたりんの体を、大きな力が抱きとめた。
「離れるな」
思わず足元がほつれそうになった。
「殺生丸さま!?まだ戻ってないの!?」
ただの本心だ、と言わんばかりに妖の鼓動は高かった。
はぁぁあ・・・
なんか馬鹿みたいな話になってしまいました;
甘甘じゃないですね←
糖分高め苦手すぎます・・・
精進します・・・
ご期待に沿えるようなものでないとおもいますが、ともかくもななさまキリリクありがとうございました!
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