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神か 妖か



「何のつもりだ」


角ばった指が弾けるようにに音を立てた。

鋭い爪が薄暗い曇天の中白く光っている。

 


「何ということはありませぬ。この娘を頂戴しに来たまで。穏便に済ませましょうぞ」

 

りんを片腕に抱きあげたその男は雅な笑みを見せた。

細身な身体に純白の袴をまとい、紅を引いた様に唇は赤い。

 

 


「…きっ…きさまっ、りんをどうするつもりじゃっ!」


「ですからどうするつもりもありませぬ…ただ傍に置くのみ」

 


男は愛しむようにりんの髪を梳いた。

力が入らないのか、垂れた腕は男を拒むことはない。
ただ黒い瞳だけが不安げにきょろきょろと動いた。

 

男が触れた部分からりんに汚れが侵食する気がして、殺生丸は地を蹴り男に爪をふるった。

 

「…勝手なことを」

 

しかしその爪は空を切った。
殺生丸の眉間に縦皺が走る。





先程男が突如現れ、りんを攫った際、殺生丸が問答無用にはなった技もまた、男を傷つけることはなかった。


故に、男の背後にある岩ばかりが崩れてゆく。

 

(…何故触れられぬ)

 

 


「物分かりが悪うござますね。妖ゆえの愚かさでしょうか。
…しかしこれ以上、神を冒涜することは許せませぬ」


男は静かに手のひらをかざした。


途端に殺生丸の体は青い炎に包まれる。

炎は生き物のようにうねり、青く爆ぜた。

 

(―――こざかしい真似を)


殺生丸の妖力が炎を飲み込み、うごめくそれを消し去った時にはすでに男の姿はなかった。
それも、りんをつれて。

 

 

「…せっ…殺生丸さまっ!りんがおりませぬ!」

「見ればわかる」


突然静寂を取り戻した荒野は、ますます殺生丸の癇に障った。

 

「…殺生丸さま、その…りんをお助けには…って、お待ちくだされー!!」


淀んだ空を見据えて宙へと飛び立った主の毛皮に、邪見は必死に飛びついた。


――匂いは、ある。だが何故――

空に散った男の忌まわしい匂いと、かすかなりんの匂いを探った。

 

「・・・殺生丸さま、あやつ『神』がどうとか申しておりましたが・・・何者でありましょうか・・・」


ちらりと上目遣い気味に主を除き見たが、その顔は深い剣呑を含んでいて、下僕の言葉など耳に届いていないようである。


しかし殺生丸も、脳内には先ほどの男の妙な言葉が響いていた。

 

 

(神、だと。・・・そのようなもの、ひ弱な人間が生きる縁(よすが)として作ったただの偶像に過ぎぬ。
何であれ、この殺生丸を愚弄した礼、返してくれる)

 


己に言い聞かせるように繰り返した。

 

 

 

 

 

 

 

 


突風が体を纏い、男がすごい速さで移動しているのがわかった。

鋭い風に当てられ、ほうけた頭がすこしすっきりした。

体に力をこめると、男は腕の中のりんを見下ろした。
今まで幾度もさらわれたが、こんな温かな目で見つめられたのは初めてで、正直戸惑った。

 


「・・・あ、あの・・・っ殺生丸さまのところに返して!」


男は悲しげに眉を寄せた。

 

「それはなりませぬ。これはあなた様の幸のためでもあるのです」

 

――何を言うのだろう、この人は。
りんの幸せなんて、ひとつしかない。


「・・・っ返してっ!殺生丸さまのところに返してーーっ!!」


男はりんの額につと指を当てると、りんの動きがぴたりと封じられた。

 

「・・・手荒な真似はしたくありませぬ。
大人しくしていてくだされ。
・・・・・・伊弉冉(いざなみ)様・・・」


(・・・伊弉冉・・・?)
 

匂いをたどり、行き着いたのはこじんまりとした古城だった。


(ふん、おおかた結界でも張ってあるのだろう)


つと指を伸ばして、こちら側と古城の境となるべきところに触れた。


しかしそれは殺生丸を拒むことはなく、なめらかに受け入れた。

 


(・・・なんじゃ、結界もはっておらんのか。
拍子抜けじゃわい)

 

飄々とする邪見に対し、殺生丸の眉間はさらに中央に皺を作った。

 

 

中からは忌まわしき香りと、香のような匂い、そしてりんの匂いが入り混じって空中を泳いでいた。


迷うことなく足を踏み入れた。

 

 


(・・・静かだ。あまりに・・・)

 

 

 

音もなく眼前の屋敷の障子が開いた。

 

「来てしまわれたのですか、妖。
何度来られても、伊弉冉様をお返しすることはできませぬ」

 

「はっ!?いざ・・・?
貴様、何を抜かしておる!!
殺生丸さまは貴様のような雑魚のせいでりんを・・・ぶぎゃっ」


殺生丸の足の下敷きになって、言葉は続かなかった。

 

「この殺生丸を愚弄した返礼に来た」

ぱきりと爪を鳴らすが、男は動じない。

「・・・ここは聖域。殺生はいけませぬ。
・・・妖よ、本当はここにいることすら辛いのではありませんか?」


「・・・莫迦な」

 


そういえば、と邪見も辺りを見回した。
体を動かすたびに、かすかな抵抗のようなものを感じる。
それは白霊山の聖気に比べればあまりに微弱であるが。


「このようなちぃ~っぽけな力に、殺生丸が屈するわけあるかっ!馬鹿者め!」


男は邪見のほうを見向きもしない。

 

「あのお方は、愛しき伊弉冉様の魂を継いでおられる。
故にあなたのような妖怪と共にあるべきではありませぬ」


「・・・何を」


男は淡々と述べた。

「我が血族はこの大和の国の創造神、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)を祖とする家系。
数年前、伊弉諾様の配偶となる伊弉冉様が生まれ変わったと告げられた。
それを感じられたのか、伊弉諾様の魂は、なんとこの私とひとつになった。
故に、私は太古の神、伊弉諾尊そのもの――
妻である伊弉冉様と共にあるのは至極当然のことでしょう。」


「・・・それがりん、だと」

「いかにも」


男は満足げに目を細めた。


無駄に冷えた空気が辺りの閑静さを物語っていた。
それがますます殺生丸を苛立たせる。
りんの姿が見当たらないことも気にかかった。

 

「・・・人間如きの御託はどうでもよい・・・死ね」

 

大妖の足元は一瞬で砂を巻き上げ、瞬きよりも早く殺生丸の体は男のすぐそこまで迫っていた。

標的めがけて、腕が振り上げられた。

男の目が一瞬だけ、かっと見開く。

――そこで、殺生丸の動きが止まった。

 

「殺生は好みませぬというておるのに。
分からないお方です」

困った、というように闘志むき出しの敵を目の前にして、男は慌てるそぶりさえ見せない。


振り下ろされることのなかった腕に力をこめるが、それは頑として動かない。

 

「聖域内では妖の力を使うことはできませぬ。
これもイザナギノミコト――神の御力。
りんと言う少女はお諦めください。
まもなく、儀式は完了する・・・
そうすれば伊弉冉様が完全に召喚され、りんという少女の存在は消え、神の復活が宣告される・・・」

 

恍惚とした顔で、男は目を閉じた。


「あぁ、そうすれば私も伊弉諾尊(いざなぎのみこと)としてこの地に蘇る・・・」


ゆるゆると男の口角は上がった。
赤すぎる唇が狂った月の様だった。


「そのときは・・・あなた方妖怪に居場所は作りませぬ」

 

 

 

 

 

 

 


あれからどれほどここにいるんだろう。
殺生丸さま
殺生丸さま
殺生丸さま・・・

銀の姿が脳裏に浮かぶたびに、それをかき消すかのように白い靄がりんの頭を覆った。

頭が・・・重い。
りんがこれ以上余計なことを思考するのを妨げるべく、不気味な何かが脳内に溶け込んでくるかのようだった。


体は押さえつけられたいるわけでも、縛られているわけでもない。
ただ白い台の上に寝かされているだけ。
先ほど巫女のような人が来て、りんの着物を白い装束に着替えさせた。

・・・能面のような、表情のない顔。

恐ろしい鬼の顔より怖かった。

 

どんどんどんどん体の重みは増す。
抵抗しているつもりはないのに、体の奥が侵入してくる何かに抗っているのかのようだった。

・・・負けてしまえばどうなるんだろう。

しかしりんにどうすることもできず、ただ寝そべることしかできなかった。







どどどどどどどどうすればいいんじゃ・・・!

せ、殺生丸さまの力が抑えられておる・・・!!

な、何故わしは動けるんじゃ・・・?

御母堂様の言う、『小妖怪』じゃからか・・・?

しかしだからといって・・・ってそんな場合じゃないわっ

 

り、りんはあの屋敷の中におるんじゃろう・・・

ここはわしが突撃してりんを奪還・・・

いやいや男が屋敷の前にいるのに入ることなど叶わぬ・・・

そ、それならばこの人頭杖であの男をメッタ焼きに・・・!

いや、男と数寸しか離れぬところに殺生丸さまがおられる・・・

男だけを燃やし尽くすなどという技量のあること、わしにはできんっ・・・!

もし殺生丸さまの銀の髪を燃やしてちりちりにしてしもうたら、それこそわしの命の果てるときじゃ・・・!

いや、しかしここでりんを失くしてしもうたら、結局はわしも殺されるかもしれん・・・

あぁ、どうすればいいんじゃぁぁぁ!!

 

 

邪見は動きを封じられた主の背後で、懊悩として悶絶していた。


そのとき、ふらりと屋敷の奥を白い影が掠めた。

殺生丸の眼孔が開く。


「おや、終わりましたか」

現れたのは表情のない白い顔に、白い着物を纏ったりんだった。

ふいに殺生丸の体が動くようになった。
封じられた力が消えたらしい。

男は殺生丸の存在を無視するかのように、りんの元へ歩み寄った。


「・・・伊弉冉・・・愛しき妻・・・二度と黄泉へは行かせぬ・・・」

男は殺生丸の存在を無視するようにりんの頬を滑り撫でた。

 

「・・・きっ・・・貴様っ・・・りんに何を・・・」

威嚇するように、邪見は人頭杖を振り回した。


「これで伊弉冉は我妻として再び光臨した・・・
表情のないところを見ると、まだ完全ではないらしい・・・
しかしそれも時機のこと・・・
すぐこれまでの記憶もなくなる・・・」

 

 

――記憶もなくなる、だと・・・?
愚かな。
りんはりんのままだ。

 

「戯言に付き合うのは終わりだ」

殺生丸はりんを避けるように、男に爪を振るった。

今度は男を透けることはなかった。
男が紙のようにひらりとよけたからである。

(こやつ・・・!殺生丸さまの技をよけおった・・・!)

 

男は片腕でりんを抱きすくめた。

「考えてみてくだされ。
たとえ記憶はなくなっても、この少女は永久に我と共にある。
何の危険もない、未来永劫の幸を手に入れる。
少女の溢れ出る記憶が目に見えるようだ。
幾度も危機に瀕したとみえる。
そのような目に合わせておきながら、それでも傍に置くつもりですか?
それこそ妖怪の利己心の塊ではないでしょうか」

 

――言い返す言葉こそない。
もっともだ、だが。

 


表情のない少女の頬を、液体が一筋流れた。

 

 

 

 


「・・・りんの幸だと?笑わせてくれる。
利己で結構なものだ。
りんの居場所など・・・私の傍かあの世しかない!!」

 


大妖の周りの風は、音を立てて巻き上がった。

「・・・ここでの攻撃は無駄だと」


白い体は男をすり抜け、屋敷の奥、この一帯に充満する香の元へと走った。


「っ、まさか香壺を・・・!!」


濃い匂いを醸す拳ほどの大きさの壺を、殺生丸の爪は的確に斬りつけた。

砕けた破片が辺りに飛び散ったと同時に、屋敷に満ちていた忌む香りが消し飛んだ。

 


すっとりんが息を呑む音が聞こえた。

「・・・っ・・・!離して!
殺生丸さま!!」

自由になった体は白い着物を引きずりながらも屋敷の中の殺生丸へと腕を伸ばした。

迷うことなくその勢いのままりんを肩まで抱き上げた。


「・・・よくもっ・・・!
蘇った伊弉冉の魂が・・・っうあっ!!」

りんを抱え、殺生丸が男を通り抜けると同時に男の体は崩れ落ちた。
ぼたりと重い血の塊が殺生丸の爪から滴る。

 


もう用はない。


殺生丸は地を蹴った。


「・・・待って!!邪見さまが・・・」

「いる」

え、と足元を見ると、ふわふわと揺れる白毛に邪見は必死の形相でしがみついていた。

(忘れられるかと思った・・・)

 

 


冷たい風が頬を切る。
誰も口を開こうとはしなかった。
生臭い赤が手を滑る感触と、りんの温もりしか感じなかった。

 

 

「可哀想な人だったね」

つとりんが口をついた。

「・・・」

「いざ・・・とかいう神様と、もう一度会いたかったんだね」

「・・・くだらん」

「りん本当に生まれ変わりなのかなあ」

「・・・」

「・・・りんはりんなのになあ・・・」


りんに似つかない深い嘆息を、殺生丸は深く吸い込んだ。

りんはりんだ。
永久の命など必要ない。
ただいつか来るべき別れは、どちらかが死ぬとき以外は許さぬ――


改めてPさま、キリ番リクエストありがとうございます!
書き始めも完成も少し遅くなってしまい、大変申し訳ありません;
りんちゃんが攫われて、感情を激した丸さま
ということで、お気に召していただけたでしょうか;

 


実は、このお話は私がとてもとても感銘を受けた作品を
お借りして書き上げさせていただいたものです。
正確には、終盤を書き上げた際、・・・ん?これってあのサイト様の作品になんだか・・・
てな感じで気付いたのですが←
その作品とは、七緒さまが管理される
【You will see fire but you're cool as ice】さまの『奪還』という作品です。
殺りんファンの皆様ならご存知かと思われますが;
急遽私は図々しくも七緒さまにご連絡し、この旨を伝え、小説公開のお許しを懇願したところ・・・
なんと了解していただけたのです!!
まさしく殺りん小説を書いていてよかったと思えた瞬間でした。
さらに七緒さまから励ましのお言葉まで頂き、感謝で言葉もありません;;

 

七緒さまの作品を想像して・・・といっても、本当の『奪還』という作品は
この小説の欠片にも満たない素晴らしいものです。

殺生丸の美しくなびく髪
少し剣呑を含んだ眉
細く白い手から流れる赤い血
着物に染み込んだ血痕
そんな殺生丸の着物を握り締めるりんちゃんの愛らしい手!!

あぁ・・・言い尽くせません・・・

ずばり皆様も【You will see fire but you're cool as ice】さまに
お邪魔してご覧になってください!
お許しを得て、この場で紹介させていただきました。

本来ならば、Pさまへの御礼小説としてひとつ
『奪還』への感銘のあまり溢れてしまったものがひとつ
という形で公開すべきところですが、
Pさまへの御礼を書き上げ中に突然湧いてしまったものですので、
こういう形となってしまったことをお詫びいたします。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

管理人:かの
 

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