この思いを伝えられたなら
女は向かい合った。
一人の人間に。
それも、もう息の薄い者。
いつもと変わらない端正な顔には、哀れみも悲しみも表れない。
ただ、消えゆくものを惜しむ心が滲んでいた。
「・・・調子はどうだ」
分かりきったことを、と思う。だが他にかける言葉もなかった。
横たわる人間はゆっくりと上体を起こそうとしたが、それを白い手が押しとどめた。
ごめんなさい、と北風のような声が通り過ぎる。
「・・・りん」
呼びかけると、幼い頃から変わらない黒い目を確かに女と合わせた。
「・・・お前はもう死ぬ」
顔色もそのままに、女は述べた。
りんはゆっくりと瞬いたが、そこには焦りも驚きも無かった。
「わかっています」
その答えに、女はしかとうなずいた。
「殺生丸を残して、だ」
酷な事だが、と言う女に、りんは心の底から感謝を述べた。
─────このお方がいたから、りんは・・・───
「覚悟の上のことです」
そうか、と女はうつむいた。
しばらく沈黙が流れる。
すると、おもむろに女は懐から包みを取り出した。
それを広げると、赤い丸薬が数粒転がった。
不思議そうにそれを見つめるりんに、女はその粒をひとつ手に取った。
「これは、我が一族の妖血。我らの血はすべてここに繋がっている。
・・・もしも、そなたが殺生丸と同じ時を生き続けたいのなら・・・これを服せば、そなたも半永久の命を手に入れることができる」
りんはゆっくりと、丸薬から女に視線を移した。
やはりその顔から感情を読み取るのは難しかった。
だが、確かなものがその瞳にはあった。
「・・・妖怪になる、ということですか」
「まぁ、そういうことだ」
りんは少しの間目を閉じて、それからゆっくりと首を横に振った。
「りんには必要ありません」
女はすでにその答えを知っていたかのように頷いたが、付け足したように、何故と尋ねた。
「・・・りんと殺生丸さまとの事は、すべてりんが人で殺生丸さまが妖怪であったからこそ。
りんは人として限りある生を全うします」
そうか、と目を伏せた女は静かに丸薬を懐に戻した。
それから顔を上げ、薄い手のひらをりんの頬に寄せた。
「・・・幸せ者だな」
そう呟くと、女は腰を上げ、りんに背を向けた。
「・・・殺生丸さまは」
呼び止めるようなりんの声に、女は半身振り返った。
「殺生丸さまは・・・それをお望みでしょうか」
揺れる黒の瞳を覗き込み、女はそっと笑った。
「あやつの願いはいつもそなたと共にある。案ずることは無い」
そのまま障子に手をかけ、女は静かに部屋を後にした。
りんは最後までその背を見つめていた。
部屋の前には、まだ若いがしっかりとした大木がそそり立つ。
寒風がその葉を散らし、刻々と若木は裸になってゆく。
女は日が傾き、月が露になり始めるまでその大木を見上げていた。
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